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スピンオフ 音原美弦の受難②

2 血迷った鳴 身体が怠い。 音原は目をつぶったまま、薄っすら覚醒してきていた。とはいえ、瞼が重怠く開けられないままで意識はぼんやりとしていたが。 自慰はこれまでもしたことがあったのに、こんなにぐったりと疲れて寝たことはなかった。後ろを使うのは体力も必要なんだろうか。確かに最後の方はなんか変な格好でやってしまっていた。 それを思い出せばじんわり腰も痛いような気がする。 身体は怠いが、ともかくここを片付けねばなるまい。今回はアナルバイブを使う余裕がなかったが‥いや、次回も使うかはわからないが‥。ともかく片付けねば! そう思って重い瞼をこじ開けた。 「‥ひっ!!」 目の前に、恐ろしく整った男の顔がある。 「な、な、な‥」 「よう、美弦。‥‥何面白いことやっちゃってんだよ」 にい、とあくどい笑みを浮かべて男は言った。 「め、鳴兄(めいにい)‥なんで‥」 「あ?何でってここの防音ルーム使わせてもらいに来たんだよ。叔父さんには言ってあったから鍵ももらってるし。インターフォンも鳴らしたぞ?まあ、ここにいたら聞こえなかっただろうけどな」 目の前の顔の整った男は、音原家のスペアキーらしきものを指に引っかけくるくると回しながらそう言った。 この男は、父方の従兄にあたる、音原鳴(おとはらめい)、23歳、チェリスト。音原家の面々に負けず劣らず活躍している新進気鋭のチェリストだ。最近は国内のロックバンドなどともコラボレーションしたりして人気を集めている。勿論ソロでも十分観客を動員できる人気と実力の持ち主である。一年のほとんどを海外で過ごすため、日本には家を持っていない。 だから帰国した際には時々、音原家の防音ルームで練習することがあるのだ。 (父さん僕にも言っといてよ‥!) 音原は思わず父に心で文句を言ったが、そんな事より眼前の音原鳴だ。ずっとにやにやしながら音原美弦を見つめている。 美弦ははっとした。 (‥‥あ、僕、死んだ) 何せ今の美弦の恰好は。 上半身は薄いトレーナーを着ているが、下半身は丸出し状態の裸。 その横には指にかぶせていたローションまみれの使用済みコンドームが転がっており、更に身体の反対側には未だゴムをかぶせたままのアナルバイブが鎮座している。横にはローションボトルも置いてある。 何より下腹部の、このカピカピした感覚‥‥。おそらく吐き出した精液がそのまま腹の上で乾いた状態なのだろう。 つまり、絶対に人様には見せてはならない状態で転がっているところを、今現在にやにやじろじろと見られているのだ。 しかも、芸能人張りに整った顔面とまごうことなく音楽の才能に満ち溢れた、世の中の超、一軍男性である、鳴に。 「う、うわああああ!」 美弦は、奇声をあげながらがばりと起き上がり、脱ぎ散らかしていた下着やズボン、アダルトグッズのあれこれをざざざっとかき寄せて抱え込み、転げるように部屋の片隅に移動した。壁にぴったりと身体をつけて座り込み、抱えた荷物の隙間から鳴の様子を見る。 しゃがみ込んで美弦の顔を覗き込んでいた鳴は、部屋の隅っこに移動した美弦を見て、ゆっくりと立ち上がった。180cmを優に越す長身で少し離れたところから美弦を見下ろしている。すらりとした身体つきに大きめの黒いジャケットにアイボリーのシャツ、濃いデニムのパンツを合わせていて、そこに立っているだけでモデルのようだ。 ‥‥いやそう言えばモデルみたいこともこともやってたっけか。 とにかく、家族やこの従兄は美弦のコンプレックスを刺激する人々だったので、出来るだけあまり近づかないように気をつけていたのだ。彼らの持つ才能やタレント性を、素直にすごいなあと称賛する気持ちはあったが、あまり自分の生活の近くには来てほしくなかった。 だから、小学生の低学年ごろ以降、美弦は自宅に友人を呼んだことがない。その理由で小学校高学年になったころには軽くハブられたりもしたが、この家族のことを知られるくらいならハブられる方がよかった。 また、音原家の事情を知る大人はみんな「皆さん、すごいのにねえ‥」といった感じで見てくるから勿論嫌いだった。 同じ理由で、学校の教師もそういう色眼鏡で見てくるものが多く、美弦はほとんど信用していない。 だから高校に入学して、新條と友達になれた時には感動したのだ。こんなに、ちゃんと『自分』だけを見てくれる友人ができるなんて、と。 新條は音原の家のことを知っても、全く動じなかった。「音ちゃんも音楽やりてえの?」と訊いてきただけだ。美弦がぶんぶん首を横に振ると、「あ、そうなんだ」と返し、すぐに別の話題に移った。その時の感動を美弦は今でも覚えている。 だから、つい新條には色々協力してあげたくなってしまうのだが。 現実逃避的にそのようなことをつらつら考えていると、鳴が長い足ですぐに美弦の傍までやってきた。そしてまたそのまましゃがみ込んで美弦の顔に整った顔を寄せてくる。 「‥おっもしれえなあ、美弦。ちょっと見ない間にエロい事覚えたんだなあ。‥おい、誰のためにやってんだ、これ」 鳴の言葉は、後半もう、信じられないくらいドスが効いていて、美弦は文字通り縮み上がった。美弦の陰茎はまだむき出しのままで、多分そこもひゅんと縮んだのではないかと思った。 しかし、混乱の極みにある美弦には、鳴の言っていることが正しく理解できていなかった。昔から力も強く頭もよく、才能に溢れているこの従兄に、何においても勝ったことなどない。いつも力ずくで抑え込まれていたのだ。子ども時代の6歳差は大きかった。 「へ?え、何?」 美弦は間抜けた声を出した。真実、鳴の言っていることが理解できなかったからだ。その美弦の返答を聞いて、鳴はチッと苛立たしげに舌打ちをした。 「何とぼけてやがんだ、美弦。‥‥こんなもん使って、誰のために後ろ拡げてんだって聞いてんだよ!」 いつの間にやら鳴の手に握られていたのは、美弦が掴んだ中から下にこぼれ落ちていたアナルバイブだった。美弦がかぶせたゴムが律義にまだきちんとはまったままだ。 「え?誰、って、え、なにが?‥ひいぃっ」 まだ理解ができない美弦の横に、鳴はだん!と手をついた。とはいえ、ここは防音室なのでそこまで大きな音はしなかったのだが。 うわ〜リアル壁ドンだ、イケメンがやると様になるんだ〜。 美弦はぼんやりとそう思っていた。が、すぐにそれを後悔した。もう鼻先が触れるほどの距離に鳴が顔を寄せてきたからだ。 「‥‥‥苛つくなあ‥美弦。次返事しなかったらすぐさま俺がお前のケツ掘ってやるからな。お前は、誰のために、ケツの孔を、おっぴろげようとしてんだって訊いてんだよ、ああ?!」 「‥‥‥ええええええ!?誰のためでもありませんけどぉ!?」 ようやく脳細胞に鳴の質問内容が解析できた美弦は、心底驚いて素っ頓狂な声を上げた。

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