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第7話 お茶会(新版)

 オデルが双子の弟たちの部屋を訪れると、まだ声変わり前の子どもの甲高い声が聞こえてきた。 「失礼するよ。メアリ、支度は?」 「オデル様……申し訳ありません。あと少し……靴下を履いてください、ノエル様! リアム様も、上着を噛んではいけません! ああ、シワになってしまいます……! 今日はお父上との月に一度のお茶会の日なのですよ……!」 「手伝おう。今日はレナードとも初めてのお茶会だから、緊張しているのかもしれない」 「きんちょうっ!」 「している、しれないっ!」 「はは、さ、靴下を履けたら、次は靴だ、リアム」 「兄上、ずるいっ!」 「ノエル、靴下はまだか? ぼくに貸してごらん」 「はいたっ、靴っ!」 「靴っ、できたっ!」 「偉いぞ、二人とも。父上が下で待っている。一緒に行こう。レナードは遅れるそうだが、いずれ帰ってくる。メアリ、ありがとう」 「いいえ。おふたりをお願い致します。ノエル様、リアム様、お行儀よくなさるのですよ!」 「「はぁーぃ!」」 「いい返事が聞けた。いこうか」  オデルの太腿の辺りを掴んで見上げる双子の弟たちと左右の手を繋いだオデルは、喫茶室へ戻る途中で帰宅したレナードと行き合った。 「レナード、お帰りなさい」 「「ぉかぇ! さぁーぃ!」」  オデルの方へ歩み寄るレナードを見た双子たちが、次々に声を上げる。レナードはオデルの頬へ触れるだけのキスをし、小さな紳士らの金髪を柔らかく撫でた。 「遅くなってしまい、申し訳ありません。少々、金額が合わなくて、帳簿を精査していました。義父上は?」 「喫茶室にいます。ぼくらも、これから向かおうと」 「そうでしたか。小さな紳士の方々のどちらかが、私にオデルの手を譲ってくれると嬉しいのですが……?」 「じゃんけんで、決めるっ!」 「じゃんけん、やだ!」 「あとだしっ!」 「あとあしじゃんけん!」 「あとあし、やだー!」  レナードの言葉に独自の解釈を加えた双子たちが、騒ぎはじめる。どちらもオデルの手を譲らないまま、先頭のレナードが喫茶室の扉をノックすると、オデルと双子らを先に通し、最後に入室した。 「義父上、遅れて申し訳ありません。ただいま戻りました」 「ほら、ご挨拶をするんだよ、ふたりとも」  オデルが促すと、それまで騒いでいたのが嘘のように、双子の兄弟ともが父の前で気をつけをした。 「「おくぇて、もぉしわけ、りません」」 「時間を守るのは、紳士の嗜みだぞ、お前たち。だが、よくきた。座りなさい」 「「はぃ!」」  父が相好を崩す様子を見たオデルも、レナードとともに席に着き、やっと、待ちに待った紳士だけのお茶会がはじまった。 「仕事はどうだね? レナード公」 「今のところは、さして滞りなく。先方も、これほど大きな規模のやり取りは、なかなか経験がないそうで、苦労することもあるようですが」 「きみが指揮をとってくれているのなら安心だ。自由にやってくれたまえ」 「ありがとうございます」 「ノエル、リアム、スコーンに何を塗ろうか?」  オデルが、かいがいしく双子に話を振ると、オデルの父がレナードへ向けて身体を倒した。 「きみにこんなことを言うのは気が引けるが……わたしは老い先短い身だ。どうか、オデルを頼む」 「もちろんです、義父上。オデルは素晴らしい人です。私は幸運でした」  レナードはオデルの父の方へ身体を向けると、同じように少し小さな声で言った。 「義父上が私の話を偏見なく聞いてくださらなければ、この婚姻は成立しなかったでしょう。感謝しています。心から」 「レナード公」 「どうか、ただ、レナードと」 「そうもいくまい。あなたは現当主なのだから」 「私は……若輩者と、侮る者もおります。何しろ、経緯が経緯でしたから。しかし、心に嘘はないと説明できるのなら、言って回りたいです。あなたはご子息を立派に育ててこられた。その点、私は成り上がるのに必死で……これから足りないものを身につけ、公爵家の名に恥じぬよう、精進します」  オデルは話を聞かない振りで、双子の弟らに代わる代わるクッキーを取ったり、ケーキはどうかと尋ねたりしていた。和やかとは程遠い雰囲気だが、仕方ないだろう。父とレナードが対立しないことに、どれほど感謝しているか、オデルもレナードと同じように言って回りたい気分だった。  和やかに時が過ぎ、お腹を満たした双子らが船を漕ぎ出すと、オデルは呼び鈴を鳴らした。迎えにきたメアリに双子らを託すと、むずがりもせずに大人しくなる。メアリが退出するのを見届けたオデルが、無事に双子らとの対面を終えたレナードを労おうと振り返ると、父が突然、切り出した。 「レナード、我が家の救世主に、果たしてこのようなことを尋ねていいものか、迷ったが、どうか悪く思わないで聞いて欲しい。あなたはオデルをどうするおつもりなのだろうか……?」 「父上っ……?」  振り返ったオデルへ、父は「何も言うな」と手を挙げた。こうなっては、もう避けられない。オデルは静かに立ち竦み、レナードたちを見るしかなかった。 「この臆病で蒙昧な老輩に、教えていただけないだろうか? いや、すべてを問おうというのではない。ただ……オデルは亡き妻の忘れ形見なのだ。先ほどの双子は、幼さゆえに母のことをあまり覚えていない。だが、オデルは……」 「前ローズブレイド公爵夫人に、似ているのですね……?」 「そっくりだ。彼女の若い頃に……そっくりなのです」 「父上、それは……」  耐えられず、オデルが諌めようとするが、父は引かなかった。 「オデル。わたしは愚か者だが、愚かなりにも筋があるつもりだ。わたしにもわかるように、どうか説明して欲しい。頼みます、レナード公」  おそらく何日も悩んだ上でのことなのだろう。しかし、父が頭を下げようとするのを、レナードは咄嗟に止めた。 「義父上、そのような配慮は不要です。いい機会ですからお話しいたしましょう。これは……オデルと私が決めたことなのです。本当に愛し合う時がくるまで、うなじは噛まないと……。私は、既に得難いものを幾つも手にしています。伴侶、家格、財産、そして、おそらくある程度の信用も。ですが、この婚姻の経緯を知る者は、多くはありません。社交界でも一部の者が、私だけでなくオデルをも貶めるような、見当違いの噂を流している」  残念ながら、と忸怩たる声で言うレナードに、オデルはすまない気持ちで俯いた。これまで社交の場を、オメガであることを理由に避け続けてきた。おかげでオデルは申し開きをする機会と場所を、完全に逸してしまっていたからだ。 「私ひとりならどうとでもなります。しかし、我々は、ふたりでともに進みたいのです。ですから、オデルが私を愛する日まで、待つと決めました。若気の至りと笑われることも覚悟していますが、我々は真剣です」  それがレナードの「ドレッサージュの君」への布石だということは、父には知らせなくていい。時がくれば、レナードとは性格の不一致から別れることになるはずだ。レナードにとって、ローズブレイド公爵家は止まり木なのだ。それでも、オデルと父、そして双子の弟らを救い、歴史と伝統を受け継ぐローズブレイド公爵家を凋落から守った功績は、レナードにこそ相応しい。 「私は、彼とともに未来を描きたい。外野に言わせておくのは癪ですが、いつか……その時がきたら、義父上にもお知らせすることを、お約束します」 「……そこまで……」  唸る父にオデルは立ち上がり、退出を促した。 「父上、この話は止しましょう。身体に障るといけません。さ、そろそろ……」 「うむ……」  納得したかどうか、顔色からは確認できなかったが、小さくなった父の身体を支え、杖に頼りながら歩く姿を扉まで送り届けたオデルは、この父を傷つけずにいてくれたレナードに感謝した。 「オデル」 「レナード……すみませんでした」  まるで自分の不安を代弁させた形になってしまったことを詫びる。レナードはオデルの唇を指で止め「いいえ」と頭を横に振った。 「きみを、私が待っていることを……どうか忘れずにいてください」  それ以上の弁明は不要だとの意志だろう。  オデルが曖昧に頷くと、レナードはこう付け加えた。 「我々は、我々の速度で進めばいいのです」 「……ありがとうございます、レナード」  たとえ、方便であったとしても、レナードがそれを望むのなら、彼の描いた物語の一部として、オデルもまた役割を果たそう。  花嫁にも、恋人にも、なれないとしても、せめて……。  良き、理解者に。  相談相手に。  抱き合うことがなくとも、レナードと関係を築くことは可能なはずだ。  オデルは少し弱気になり、顧みなくていいはずの過去を思い出した。バレット・アシュリーとの清算した関係を、レナードには話していない。だからこそ贖罪を果たす意味において、レナードに尽くす気持ちに嘘はなかった。

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