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九話 デートと動揺
雨下の言う『デート』とやらは、思いのほか、気楽に楽しめた。普段、面白そうだと思っていても、展示やらは時間も金もなくて行けなかったが、実際に歩いてみると学び以上に面白い。
雨下は特に服飾に詳しいので、そういう展示の内容の時は、ちょっとした小話なんかもしてくれるので、面白かった。
「このエリアは無料で観られるんだよ」
「これ、タダで観られるの、お得っすね」
普通にしていたらお目にかかれない、本物の芸術品や工芸品、歴史ある品物を観ていると、溜め息しか出なかった。
雨下のセンスの良さは、こういうものから得ているんだろうか。
雨下との距離も、自然と近くなった。敬語はあまり出なくなったし、緊張せず終始リラックスムードだ。
「あれ、なんだろ」
ポツリ、思わず呟いた俺のすぐそばに、雨下が立った。頬に、雨下の髪が触れる。
「どれ?」
ふわり、自分のものとは違う香りに、ドキリと心臓が跳ねる。
「あ、あそこの」
「ああ、あれは――」
触れた肩が、妙に熱い。胸が変にざわめく。
(――雨下が、デートとか言うから……)
変に、意識してしまう。
(思えば)
思えば、母親を亡くしてから、誰かに触れたことなどなかった。
「……」
俺が黙ってしまったことに気づいて、雨下が顔を覗いた。
「? 神足くん?」
じっと、雨下を見上げる。
「……そう言えば、ゲイだったりするんですか?」
唐突な質問に、雨下が目を丸くした。
「えっ? 急にどうし――あ、デートとか言ったから?」
「まあ……」
(あと足舐めたりするし)
曖昧にそういう俺に、雨下は困った顔をした。
「そういうわけじゃないんだけど……。付き合ったことがあるのは、女性だけだよ。まあ、男性は――試したことないから」
意味深に、耳許で囁く雨下に、咄嗟に耳を押さえて身体を遠ざける。
「っ!?」
驚いて身体を跳ねさせた俺に、雨下はクスクスと鼓膜を擽るような声音で笑った。ジロリと睨むと、「ごめん、ごめん」と謝ってくるが、反省の色はない。
「あんま、ふざけないでよ」
「ふざけてないよ。神足くんなら――良いかなって。ちょっと思っただけ」
「―――は、あっ?」
動揺して、声が上ずる。その様子に、雨下は楽しそうに目を細めた。
「子猫が威嚇してるみたいだ」
「キモい表現すんなよ」
「本当だよ。斎藤にも見せたいくらい――いや、やっぱり、見せたくないかな」
「はあ?」
呆れて、溜め息を吐く。
雨下は軽く笑って、俺の肩を引き寄せた。
「っ、おい」
「そろそろ、移動しようか。食事をご馳走するよ」
「――……」
雨下の言葉に、俺は唇を曲げて睨み付けた。
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