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十一話 急転直下

 夢が覚めれば、現実が待っているのは当然のことだ。雨下との『デート』は格別だった。その余韻を引きずったまま目覚めた俺は、今日はいつになくやる気があった。心と身体をリフレッシュさせたのだ。当然と言って良い。  そんな俺に、想像もしていなかった現実が襲いかかってきた。 「えっ……? 閉店、ですか?」  いつも通りにコンビニバイトへとやって来た俺は、店長の言葉に耳を疑った。このコンビニは住宅地に近い大通りにあり、通勤通学の途中で利用するお客さんが多い。そのため、朝夕は特に利用者が多く、比較的どの時間でも客の絶えない店舗だ。そのため、閉店という言葉はまさに、青天の霹靂だった。 「ほら、うちの店狭いでしょ? 最近はコーヒーマシンやらホットスナックやら、機械の置場所も多いし、なにより古いからねえ」 「ああ……。確かに」  確かに、この店舗はオープンして随分経つ。老朽化という意味では、かなり進行していて、トイレなどは清掃を念入りにしているが、どこか薄暗い感じがしてしまっている。 「まあ、それでね。ここは閉めて、別の場所に移動することになったんだよね」 「ああ――移転、ですか」 「それでなんだけど」  店長が言いにくそうに、俺をみた。 「神足くん、免許ないんだよね? ここからはまあまあ遠くてねえ。車とかバイクだったら、すぐ近くなんだけど」 「……それであれば、ここが通えるギリギリだったので」 「そうだよね。そう言ってたもんね」  ああ。これは、実質、クビなんだ。そう思い、手を握る。  無言になった俺に、店長は気まずそうにしながら、「一ヶ月は営業するからね」と言い残し、去っていった。 「……」  足がないということが、妨げになっていた。配達のバイトでも、俺は免許がないから、いつも営業所近くの荷物しか運べない。免許を取るお金も時間もない。それなのに、免許がないと仕事も探せない。  こういうとき、虚しくなる。  大学で勉強しても、俺の可能性は広がらないように思えてしまう。そのお金で免許を取った方が、絶対に良いと考えている自分がいる。 (はぁ……。考えても仕方がない。今さら、大学を辞める選択もないんだし……)  新しいバイトを探さなければ。そう思いながら、求人情報誌に手を伸ばした。  大学に行ったら、参考書の購入が必要だと言われた。古書店にもあるようだが、年度が古いと内容が大きく変わるので、原則は買うようにという指示だった。出費がかさむ。  不運な時はとことん続くらしい。家に帰ったら風呂の給湯器が故障した。エラーコードを点灯させたまま、水しか吐き出さなくなったシャワーに、げんなりする。修理はすぐに来てくれるらしいが、部品の取り寄せに一週間はかかるらしい。費用は大家さんが負担してくれるそうだが、その間は銭湯だ。    ◆   ◆   ◆ 「はぁ……」  重い溜め息を吐いた俺に、斎藤さんが顔を覗き込んでくる。 「どうした? 神足くん。元気ないな」 「あ……すみません、仕事中に」 「いや、まだオープン前だし、構わないけどね。何かあったの?」 「大丈夫です。なんでもないですから」  ごまかし笑いを浮かべ、下ごしらえに戻る。無心でジャガイモの皮をむいていると、勝手に入って来たのか、ホール側の入り口に雨下がやって来た。 「やあ。ちょっと早いけど、良いかな」 「雨下。お前最近、通いすぎだろ。俺は良いけどさ」  斎藤さんが苦笑いする。俺は雨下の方をみて、軽く会釈した。 「雨下さん、先日はご馳走様でした」 「いえいえ。僕も楽しかったよ! ……あれ?」  雨下が何かに気づいたらしく、俺の方へ近づいてくる。それから、ポケットに折りたたんでいた求人情報誌の切れ端を、引っこ抜いた。 「何これ。神足くん、仕事探してるの?」 「ちょ、雨下さん。勝手に」 「お店辞めるの?」  雨下からチラシを奪い取って、ポケットに突っ込む。 「辞めませんよ。斎藤さんには良くしてもらってますし、ここ、待遇良いですから。探してるのは昼のバイトです。コンビニ、なくなっちゃうんで」 「え、そうなの?」  斎藤さんが驚いた顔をする。斎藤さんは俺の事情を知っていて、昼間働いていることもよく知っていた。 「参考書は買うようだし、シャワー壊れるし、出費がヤバいですよもう……」 「うわぁ……。うちがランチやってれば、雇うんだけどねえ……」 「ランチまではキツイですもんね」  お客さんからは、ランチ営業して欲しいという声が多いのだが、現実問題、ランチ営業をすれば赤字になるだろう。ランチ営業というのは、飲食店にとって、意外に難しいものなのだ。繁盛しているように見えても、苦しいことが多い。 「まあ、頑張って仕事探すしかないです。免許もないんで、なかなか見つからないんですけどね」  俺はそう言いながら、雨下をテーブルへと案内した。

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