31 / 31

三十一話 未来へのみちしるべ

 一度バイトを休むと、顔を出すのに気後れしてしまう。その理由がサボりならなおのこと。 (昨日、忙しかったかな……)  急な休みが店にとって困るということは、身をもって知っているだけに、なんだか申し訳なく思う。  斎藤さんによくしてもらっているのに、裏切ったような、困らせたような気になるし、嫌われたんじゃないかとか、怒られるんじゃないかとか、そんなふうに考えてしまう。 「はぁ……。うん、今日は頑張ろう」  昨日の分を挽回するつもりで、頑張ろうと意気込んで、フロアに入る。  厨房を覗き込むと、斎藤さんはタマネギの皮を剥いているところだった。 「お疲れ様です」 「ああ、神足くん。お疲れ様」 「昨日は急に休んで、申し訳ありませんでした」  神妙な顔で言う俺に、斎藤さんは軽く笑う。 「ああ。雨下からも連絡があったよ。しこたま飲まされたんだって? 大丈夫だった?」 「―――はい」  なるほど。そういうことになってるのか。 (真尋さん、連絡してくれたのか……)  俺が悪者にならないように、どうやら連絡してくれたらしい。なんだか、気恥ずかしい。 「神足くん、全然休まないからね、たまにはリフレッシュすると良いと思うよ」 「はい、次からは事前に言いますね。昨日、忙しかったですか?」 「昨日は予約のお客様も二組だけだったから、大丈夫。ただ、いつも下ごしらえ手伝って貰ってるの、なくなったのが大変だったなあ」  自然と包丁を握って手伝い始めた俺をみながら、斎藤さんがそう零す。なんとなくやり始めたことだったが、ちょっと役に立てているようで嬉しい。 「この前、賄い作ってみてくれただろ。あれ、皆に評判良かったよ」 「本当ですか?」 「それでなんだけど―――今日の前菜、一種作ってみる? サーモンのタルタル」 「―――良いんですか?」 「うん。色々ね、考えてて」  斎藤さんが、言葉を選びながら伝えようとしているのを感じて、手を止めた。 「神足くん、料理、勉強してみない?」 「―――え?」 「きみは真面目で、丁寧だし、俺も長く働いて欲しいと思ってる。ここで勉強して、将来は独立しても良いだろうし」 「―――」  独立。自分の店。  そんなもの、考えたこともなかった。  その日暮らすのも精一杯な、貧乏学生の俺が、夢見て良いものだとも、思っていなかった。  現実に考えれば、きっと俺の人生は、大学を卒業してもそれほど良い会社に入れることはないだろう。大学でコミュニケーションらしいコミュニケーションを取っておらず、就職活動もきっと、バイトばかりでまともに取り組めない。  でも。 「……卒業したら、雇ってくれるんです?」 「そうだね。そうなるかな。まあ、雨下に取られる前に、唾つけとこうかと思って」  そういって、斎藤さんが笑う。 「真尋さんが―――まあ、店欲しいって言ったら、くれそう」 「あれ、『YOUR LEGS, AS』は神足くんの店だって聞いたけど」 「―――は?」  斎藤さんの言葉に、思考停止する。 『YOUR LEGS, AS』といえば、先日オープンしたらしい店で、確かに、あの店の名前は自分のことだと思ったが……。 「説明されてないの?」 「全然、知らないですよ。いや、なんかノベルティで鍵のキーホルダー貰いましたけど」  動揺して、目を白黒させる俺に、斎藤さんは「アイツなー、基本的に身勝手だからなあ」と顎を撫でている。  俺は天を仰ぎながら、雨下に説明を求める必要があると、ため息を吐いた。    ◆   ◆   ◆  雨下との連絡が取れたのは、それから二日後だった。丁度、足を売りに行く日なのだが―――。 「んっ、は、あっ……、真尋さ……んんっ」 「逢いたかった……縁」  逢った瞬間に、抱擁と同時に熱烈なキスをされ、そのまま抱き抱えられてリビングに連れ去られる。 「っ、ちょっと……真尋さん、待って……」 「待てそうにないよ。ホラ」  そう言って、雨下が下半身を俺の脚に押し付ける。なんでもうこんなにガチガチなんだよ。 「ちょ、待って、分かったから、待って……っん、バカ、脱がせんなっ……!」 「縁も、嫌じゃないだろ?」  言いながら胸を撫でる雨下に、俺はグッと言葉を詰まらせる。  逢いたかったのは俺もそうだし、触れられるのは嬉しい。  なにより、こんな状態の雨下になにを聞いても、マトモに返ってくる気がしない。 「お、終わったら、話……っあ、んっ」  乳首を吸われ、ビクンと肩が揺れる。 「集中して……」  ちゅ、とキスをされながらそんなことを言う雨下が、少し憎らしかったが、結局は雨下のやりたいようになるんだろうと、諦めの気持ちで彼の背に腕を回した。

ともだちにシェアしよう!