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三十二話 きみは僕のもの

 ちゃぷんと、湯が揺れる音がする。雨下のマンションの風呂はやたらと広く、大人の男二人で入っても、余裕のサイズだ。  俺は雨下にもたれ掛かるようにして背中を預け、ゆったりと湯船に沈んでいる。 「大丈夫? 声、掠れちゃったね」 「……まひろさんが、なかす、から」  恨みがましくそう言うと、雨下はニコニコ笑っている。心底機嫌が良いらしく、雨下は背後から手を伸ばし、太腿を撫でてくる。最終的に、脚フェチだということは変わらないらしい。 「ね、『YOUR LEGS, AS』が、俺の店って、なに」  掠れた声で、問いかける。やや問い詰めるように言った言葉だったが、雨下は何事もないように答える。 「ん? 説明しなかったっけ。ああ、そうだ。縁のうなじに夢中になってたんだ」 「あのなあ……」  そういえばそうだったと、赤面する。雨下の手が、さわさわと腰を撫でる。 「ん、ちょっと……」  散々したのに、また雨下と繋がりたくなる。軽くつねってやるが、効果はないらしい。 「あの店は、縁のものだよ。縁のために作ったものしかないし」 「ど、どういうこと?」 「うーん。信託って分かる? そのまま店をポンとあげたいんだけどね……恋に税務署は寛容じゃないんでね」 「っ、こ、恋……」  急に告白めいたことを言われ、ビクッと肩を揺らす。 「うちの資産管理会社に株式を信託してあるんだ。受託者は縁くんね。縁くんはまだ学生だし、議決権は僕が持つよ。利益配当だけ受け取れる感じかな」 「なんて?」  どうしよう。雨下がなにを言ってるのかわからない。 「経営支配は僕がやるよ。でも君はオーナーの一部だ」 「アッ、ハイ」  良く分からんが雨下の店の経営にいつの間にか噛んでるらしい。え、なに、どういうこと? 「きみは僕のものだからね」 「―――」  じわ、と熱が浮いてくる。  ヤバい。この男。 「とんだ変態なのに、とんだスパダリじゃん……」 「お褒めに与り光栄です」  ニパッと、雨下が笑う。  取り敢えず、なんだかとんでもないものをプレゼントされたらしい。良いんだろうか―――とは思うのだが……。 (まあ、どうせ雨下は、自分の思う通りにしちゃうしな……)  これはもう、雨下に愛されてしまった人間として、享受するしかないんだろうなあ……。 「真尋さん」 「ん?」 「そんなことより、大事なもの貰ってないんですけど」 「えっ!?」  じとっと、雨下を振り返ると、雨下は驚いて慌て始める。 「え!? 僕、なにか忘れてる? あ、マンションはあとで一緒に選ぼうね? 縁くんが作りたい店のこともあとで相談しよう?」 「じー」 「あ、学費も出資って形で運用益で信託に出来るから!」 「真尋さん」  慌てる雨下の唇に、自分の唇を重ねる。ピタリ、雨下が動きを止めた。 「俺って―――愛人枠ですか?」 「―――待って。違う。違うよ」 「じゃあ、なんで?」  そこまで言って、ようやく雨下はかけるべき言葉に思い至ったらしい。額を擦り付け、甘い声音でささやく。 「……好きだよ。縁」 「……俺も……真尋さんが、好き」  自然と、唇が重なった。  キスが深くなる。雨下の手が、太腿を撫でる。 「は、んっ……」 「……縁くん、もう一回……」 「元気すぎだろ」 「嫌?」 「……嫌じゃないけど」  首筋を、雨下の舌が這う。明るい風呂場でするのは、ちょっと恥ずかしい。 「そういや、脚触る契約……解消ってことで?」  恋人になるんだし。  そのつもりで問いかけたのに、雨下が「えっ」と嫌そうな声を出す。 「……おかしいだろ。金払うの」 「いや、そうなんだけど―――でも、その、好きに触れるし……」 「お前バカなの?」  思わず、年上の恋人に、そんなことを言ってしまう。  そんなものなくたって。  俺の言葉に、雨下が顔を赤らめる。 「え、本当に……? 本当に縁、そんなエッチなことしてくれるの……?」 「恥ずかしいから感動するのやめろよ」  カァと頬を染めて、雨下の頭を軽くたたく。子供のように笑う雨下を見て、つられて笑ってしまったが―――。 (本当に……)  恋って、やっかいだ。

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