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第2話 日常を送る

鐘の音が鳴れば、ここで暮らしている者は一斉に起きる。各自で、お祈り、部屋の清掃、簡単な身支度を整えた後、ホールへ移動する。全員が着席したのを確認してから、ようやく朝食をとることが許される。誰もが何に祈っているのか、食材がどこから運ばれているのかも分かっていない。それでも、全てを務めの一種として受け入れているのだった。 外の世界のことは、誰も知らない。 「リュナ様。おはようございます」 「おはようございます」 自分が歩いているだけで、すぐに人目を引く。蕩けた眼差しで誰もがこちらを見て挨拶をする。熱に浮かされたように頬を赤くして頭を下げる者もいれば、何としてでもその目に止まろうと大きな声をかける者もいる。誰もが敬意をもって接している。挨拶以外に声をかけないように決まりを作ったのは自分だ。無駄口を叩かない方が、統率を取りやすいと思ったからだ。 「リュナ様、どうぞこちらへ」 昨日とは違う男が、椅子の背を引いて自分に座るよう促す。 何度も自分の名が呼ばれる。敬われる形で。淀んだ世界の中、この瞬間がいっとう嬉しい。世界が色づく錯覚さえ覚える。 「そんなこと、しなくていいんですよ。神の前では皆平等だという教えがあるでしょう?」 「だとしても、貴方は特別です。私たちを神に繋ぎ、清めてくださる」 周りの者はしきりに頷いていた。頬を赤らめて俯く者もいた。 席につき、全員の顔を見回して着席を確認する。そして目線で促せば、皆が聖珠と名づけたシンプルなアクセサリーを手に取り胸に当てる。自分がでっち上げた祈りの形だった。 「それでは、神の恵みに感謝して。いただきます」 「いただきます」 この挨拶を皮切りに、食事中も喋ることが許される。 燭台の薄明かりの中、音が響く。肉を切る音。咀嚼する音。静かに談笑する囁き声。 誰も疑問を持たない。この世界における神が誰なのか。どうしていつも空は鈍色の雲に覆われているのか。この教会の外にはどんな景色が広がっているのか。自分はなぜ、この建物の中に閉じ込められ、淡々とした日常送っているのか。 分からなくていい。考えなくていい。事の真相は、自分だけが知っていれば良い。 答えは、この教会でだけ完結する世界だから。リュナと呼ばれた青年は、ここがゲームの世界だと知っている。

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