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第7話 転生

前世の自分の死因など、もう覚えていない。どうせくだらない自分に相応しい、くだらない事故だ。せめて巻き込まれた人間がいないことだけを願っている。 生まれ変わって最初に見たのは、今自室としている部屋の天井だった。リュナはベッドの上に寝かされていた。手は祈りの形に組まされ、この建物の皆が着ているふくを着させられていた。まるで聖者のようだと、無意識に笑った。 ぼんやりとした断片しかない記憶を手繰り寄せる。輪郭すらなく途切れ途切れで、何か大切なものを忘れている気がした。 それでも嘆くことなく、この世界を把握しようと努めた。石造りの修道院。見覚えのある平服。どれだけ待とうと、空を覆う雲が晴れることはなかった。 もし異世界転生というものがあるのなら――――転生したわけではなく、別世界の人間になっているといった方が正しいが――――今、この状況がそうなのか。 見渡した周囲の環境に当てはまる世界があるのなら、ゲーム『アナテマ・アポクリファ』くらいしか自分は知らなかった。 果たして、自分はそのゲームの中で誰になっているのだろう。 部屋に洗面台はない。閉じられた集団生活なのだから、共用スペースにあるはずだ。詳しいマップは分からない。部屋を出て適当に廊下を歩き、階段を下るうちに辿り着いた。洗面台は井戸から簡易な水路を引いただけのものだった。鏡の代わりに、磨かれた金属板がかかっている。 真っ先に映った自分と目を合わせる。今の自分は、おそらく二十歳前後。少年の名残を残して青年になっていく途中。華奢な体つきのせいで、一目見ただけでは男か大人か判別はつかない。思わず上げた声で、かろうじて男であると分かったくらいだ。 前世の面影は微塵もなかった。金糸のように繊細なブロンドは鎖骨あたりまで伸びている。肌は陶器のように、滑らかながらも冷たい印象があった。切れ長の瞳と長い睫毛は、絵に描いたような、いかにもな美人だった。 しかし、このようなゲームの登場人物に見覚えはない。それに、いくら美人だといっても、先ほど歩いている間に見た何人かも、似たような容姿だった。そう考えると、今世でも自分はモブなのだろう。なのに、胸の高鳴りは止まらない。かつて地味だった自分からすれば、今の外見は圧倒的に人目を引く。もしかしたら、あの姉よりも。 おそらく、メインの登場人物も名も無きNPCも、ビジュアルは大差ない。 鏡を前にして、少し笑ってみる。顔の筋肉が上手く動かない。微笑みはぎこちなくても、鏡に映っているのは姉によく似た、姉よりも美しい青年だった。 しばらく眺めていると、起床の時刻なのか鐘がなった。ここで暮らしているらしい何人かが洗面所にやってくる。 「誰?」 「またどこかから来た新入りだろ」 ざわめきの中から名前を尋ねる声を拾う。 特に考えることもなく、脳裏に浮かんだ単語をそのまま名乗った。 「僕は……リュナといいます」 設定されていた名前じゃない。自分で今名付けたのだという確信があった。

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