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第8話 主人公
主人公のビジュアルは分からない。顔は整っているのだろうが、ぼんやりと覚えているスチルでは、黒髪だという程度で、たいした特徴はなかった。
そしてこの世界の日常に慣れることを優先しつつ周囲の人間を観察したところで、それらしき人物は見当たらなかった。崇拝され宗教じみた集団になっているわけでもなければ、誰もが秩序正しい集団生活を送っているわけでもなかった。
まだ、主人公はこの世界に来ていない。
その事実を知ったらもう、自分の中に湧き上がる気持ちを抑えられなかった。
主人公に成り代わってみたい。それは前世の劣等感とほんの出来心から芽生えた願いだった。
そして、リュナは攻略を始めた。
といっても、誰かと恋愛をするわけじゃない。ただゲームの主人公のように、誰かに慕われてみたかった。物語の中心人物になってみたかった。
ゲームでは、まず主人公が持ち前の魔力とカリスマ性で登場人物たちの罪を暴いていく。そして彼らを赦したり弾劾したりすることで性的関係を結ぶ。やがて主人公は登場人物を始めとした周囲の人間に崇拝され、修道院を治める立場になる。最後は圧倒的な魔力で建物の地下に跋扈する魔物たちを倒して、お気に入りの攻略キャラとふたりで外の世界へ歩み出す。これが、覚えていない途中のイベントを除いた『アナテマ・アポクリファ』のストーリー。
名前も設定されていなかったリュナに、魔力などないことは百も承知だ。
とすれば、取るべき道はメインのストーリーから外れる他なかった。
もともとこの世界の人間と恋人になろうとも思っていない。ただこの世界になくてはならない人間になってみたい。
ならばと、リュナが選んだのは地下の魔物を手懐ける道だった。
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