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第11話 懺悔
「まだ妹は13の歳でした。
最初は、少し様子が変だと思っただけだったんです」
家に戻る時間が遅くなった。
戻っても挨拶ひとつせず部屋に籠るようになった。
兄が話しかける度、引いては兄を見かける度に、ひどく怯えるようになった。
「その原因が分かったのは、半年以上経ってからでした。納屋から、人の気配がしたんです。
あ、納屋ってわかりますか?うちの家は代々農家で。だから、農具を入れてある小屋が離れにあって。でも、麦の収穫時期でもなければ、誰も近づかないんです。そんな場所から、人の気配がした。
おかしいと思いました。
餌もない場所だから、動物が入るはずもない。考えられるとしたら泥棒くらいで。家族に危害を加えられる前に、自分が見に行こうとしました」
ここまでくればリュナにも簡単に想像はつく。ましてやここはゲームの、それも当たり前に性が絡む世界だから。
「納屋に入ると、妹と、お……男がいました。近所の、私でも知っている顔見知りです。
着衣は乱れて、妹の腹や腿……顔以外の目立たぬ場所に、暴力の痕が見えました。新しいものから古いものまで。だから、これが初めてでは無いと知りました。
彼が妹のことを好いていたのか、ただ辱めたいだけだったのか、もう分かりません。
次の瞬間に、私は彼を殴り殺そうとしていましたから」
「貴方は怒りを抱いた故に行動しただけです。それを安易に殺意と結びつけては……」
「いえ、本当に殺そうとしたんです。だからこそ、貴方たちの神は人を殴り殺そうとした私の右腕に罪を感じ、罰したのでしょう。
まずは、憎い男の顔も見たくないと鼻を殴りました。次に弁明も戯言も聞きたくないと、歯を折った後に布で口を塞ぎました。窒息しても構わないと思ったのです。抵抗の手段を奪って何度も拳を振るいました。暴れられても適わないと腕をあらぬ方向に折り曲げました。すると彼は何か言いたげに涙を流すのです。そんな彼の様子すら言い訳がましく、こんな男、妹の存在をその目に映すことすら許されないと……その目を抉ろうとしたところで、妹の悲鳴を聞いた親が止めに来ました。
それで終わりならよかったんですけどね。
あろうことか、駆けつけてきた自分用親すら、私は殴りつけました。
結果的に、私は親からも怯えられるようになりました。追って下された沙汰には、私は件の男に近づいてはならないとだけありました。
妹は暴行をされたからか、殺人に近しい現場を見たからか、口が聞けなくなりました。私どころか父の姿を見ても怯えるようになりました。
何分、小さな村でしたから。噂が広がるのも早く、特に私は色々と言われました。相手の意識がなかなか戻らないこともあって、尾ひれもついたんでしょう。暴力を躊躇いなく震える私は内に獣を飼っているのたと、近づいて下手なことをしてみろ、顔が変わるまで殴られて終いには殺されるぞ、と。
私が言われる分にはまだ耐えられました。けれど妹のこともあります。家族が好き勝手言われるのは耐えられない。妹も男も口を噤んでいる今、私さえいなければ、何も無かったことにできるのではと何度も考えました。こんな罪深い自分など、いなくなってしまえばいいと。
そうしたら、この建物にいたのです。
……これが、私の罪の全てです。
あとは貴方が知っての通りでしょう。人に触れることすら怖くなった。現に貴方のことも殴ってしまった。
だからこそ、目に見えないもの……この世界でいうところの神なのでしょうか。その存在に罪が暴かれ、右腕を切り落とされた時には、痛みとともに安心すらこの胸に湧き上がりました。
ああ、これで私はもう、誰も殺めずに済む。
でも、まだ左腕が残っているんです。
今でも覚えているのです。硬い骨を折った感触を。
残った腕で、いつか私はまた誰かを傷つけ、取り返しのつかないことをしてしまうかもしれない。それが何よりも恐ろしい。
ですから、どうぞ私からは離れてお過ごしください」
「離れるだなんて、そんな……むしろ、納得がいきました。なぜ僕を遠ざけようとしていたのか」
傷口が痛まない程度に、傷を避けているのだと相手が気づくようにそっと肩を撫でた。
「貴方は優しい人です。納屋というからには、鎌も鍬もあるのでしょう?それでもあなたは、拳を選んだ」
もっとも、それは自らの手で憎い相手の骨が砕ける音を聞きたかったからなのかもしれないが。
「そしてただ、生まれ持って力のある人だった。その使い方を、誰にも教わらずに来ただけです。
鋏が人を切る。剣が人を斬る。そういった場合、ただの金属に罪はありますか?」
顔を上げた彼と目が合った。驚いたようにこちらを見つめてくる。
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