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第12話 付き人
「あ、あの……先ほど、私の力になってくれると……」
「ええ」
とはいえ、ここを抜け出して男に復讐したいと言われても無理な話だが。
「ならば、私を傍に置いていただけないでしょうか?付き人でも何でもいいので……」
「付き人?」
そんなもの、立候補されたこともなければいたこともない。
「貴方は私を赦してくれた。話を聞いてくれて、ずっと欲しかった言葉をくれました」
「あれは、僕が赦したわけじゃ……」
ただの捕食に、それらしい宗教観を勝手につける。それが、リュナがこの修道院のトップに立ち行っている事柄のひとつ。しかし男は自分を疑うこともしなければ、聞く耳も持たない。
「貴方はこの場所を取り仕切っている人でしょう?」
「取り仕切るなんて大袈裟な……たいした事はしていませんよ」
化け物に血肉を啜らせ、リュナの慈悲を覚えさせるにあたり、似たようなことを言う輩は何人もいた。たいていがゲームの設定を踏襲して、抱かせてほしいだの踏んでくれだの、性的関係の要求だったが――――付き人をさせてほしいと頼まれたのは初めてだ。
リュナとしては、新しくここに来た人を導くふりをして、この集団の中心人物となる。そのうえで平穏な日常を送れれば他に欲しいものはなく、誰かに惚れたり恋愛関係を楽しもうと思ったりしたことは無い。
「何かを運んだりとか、力仕事をする人は必要でしょう?」
「特には……運ぶといってもシーツや衣服くらいですし。それも各自譲り合いながら洗ったり干したりしてますよ」
「りょ、料理とかは……」
「当番制ですね。基本、自分のことは自分でやるのが規則ですから。治める者がいると都合がいいから僕が立っているだけで、ここでは皆平等なんです」
説明しながら、救急箱に鎮痛剤がないかを探す。この世界の医学など、専門家もいない数百年レベルのものだ。薬草をすりおろせば……下手なことはできない。しばらく我慢してもらうしかないだろう。今は本人の顔も少しはマシになっている。我慢しているのか、よほど痛みに耐性でもあるのか。あるいは、ゲームの世界での痛みなど、すぐにかき消されてしまうものなのか。
「ここで僕がしているのは……講話とでもいうんでしょうか?この場所で、より良く生きることとは何かを話しています。現状、神について綴られた教典を持っているのは僕だけですから。これも偶然、僕の部屋にあったというだけですし」
あったというより、作った、でっち上げたといった方が正しい。周囲には偶然で通しているが、それすらもリュナが「選ばれた証」と解釈して崇拝する者もいる。
「ですから、僕が持ち運ぶのは軽い本くらいなんです」
教典はあくまで雰囲気を演出するためのアイテムでしかない。行う講話も儀式も、広く浅い生前の知識を組み合わせた都合の良いものだ。彼らの罪を罰するのは最初だけで、神はここにいるのだと印象づけさえすれば、自ずと秩序は保たれる。リュナのことを気に入らないと考える人間もいるが、目立つ行動は起こしていないため、きつい縛りなどは行わないでいる。
リュナは、自分が物語の中心にいられたらよかった。それを脅かされない限りは、自分を好きになるなり嫌うなり、勝手にしてくれればいいと思う。自分の存在が無かったことにされるよりはよほどいい。
それに、大多数に好かれる振る舞いは、姉を見て知っていた。あの家族の中で、神のように、あるいは女王のように大切にされる姉を見て――
「……っ」
一瞬、頭が割れるように痛んだ。脳の奥が軋んでいく音がする。錯覚だと済ませようにも、痛みは次第に大きくなっていく。
「大丈夫ですか!?」
強く肩を抱かれた。
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