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第14話 鈍色の空
建物を案内していると、様々な人間に声をかけられた。その度にセスは食堂での非礼を謝罪し、改めて名を名乗る。リュナの付き人にしてもらいたくてアピールしている最中なのだという一言も付け加えながら。
その際の反応は様々で、付き人という立場があるのなら自分もなりたいという者もいれば、罪を受け入れ、贖い生きていくことを誓ったセスを素敵だという者もいた。
食堂や洗面台といった共同スペースから、空き部屋を今日からセスの自室として案内する。
セスと出会ってから、リュナの頭には時おり痛みが走ることがあった。最初はこめかみの鈍痛だったのが、次第に刺すような痛みへと変わる。案内の途中で、セスは何度か休憩を挟んでくれた。
蹲らずにはいられないほどに頭痛が酷くなったのは、最後に扉の前を案内しようとした時だった。
セスが急いで水を組んできて布を浸し、額に乗せてくれる。少し落ち着いてきた頃を見計らって、セスが声をかけてきた。
「……急病で倒れた時はどうするんですか」
「薬草があれば、それを煎じて飲んだり……ですが基本的には、安静にしています」
薬草は、食料と一緒に、差出人も分からないまま届けられる。
「医者は」
「呼べません」
それはセス自身も分かっているはずだ。先ほど、外への扉を開けようと何度も揺すり、結局はびくともしなかったのだから。
便宜上修道院と呼ばれているこの建物は、中庭を四角く囲む四棟からなる。それと中庭に、小さな聖堂。地下を含め外に出る扉はいくつもあるが、現状では、どれひとつとして開かない。
「外の何者かに、閉じ込められているということですか?」
「……分かりません。なにぶん、誰がどうしようとも開かないのですから」
最初こそ、血の気の多い何人かが扉を壊そうと机や椅子をぶつけていたが、びくともしなかった。
「では、ここの外の景色は?どの国の、どの地方にあるのかは?」
「知りません。ここにいる、誰も」
知らないが、リュナには推測できた。
ここの外は、空っぽだ。おそらくゲームではそこまで設定されていない。結ばれたふたりが外に出ようとするか留まるかを選択して、このゲームはエンディングを迎えると聞いている。誰から聞いたかは、やはり思い出せないが。
「では、やはりこの施設は罪人を閉じ込めるための……」
ぎりっという音は、彼が歯噛みをした音か。
「皆、記憶なくこの場所を訪れているので……それも、分かりません。結局、自分で探すしかないのでしょう。ここにいる意味も」
つまりは、この施設の古株であるリュナからも、何ら情報は得られない。彼は俯くしかなかった。
「……では、外の空気は吸えないんですね」
「一応、小さな中庭はあります。出てみますか?」
中庭では、誰も菜園なんかしない。石畳だけの小さな場所。
「今日は曇りなんですね。私が来た時は雨でしたが」
「ここでの空模様は、雨と曇りしかありません。ああ、それと雷が。青空は見たことないんです。だから、草木もあまり育たない」
「そんな……」
なんなんですか、この場所は。セスはリュナの前で言葉にするのを憚り口を噤んだものの、言いたいことは分からなくもない。
「……それでは、気分も晴れないじゃないですか」
「晴らすような鬱憤も、多くの者は持ちません。暮らすうちに強い気持ちは削がれ、ただ平穏な日々を望むようになる。それに僕にとっては……雨より曇りなだけ、今日はまだマシです」
この世界の天気は、曇りか、雷を伴う土砂降りか。そして後者の日には、必ず新たな来訪者がここに来る。そしてそれは、自分の嘘を暴き出し、この場所を乗っ取る主人公かもしれないのだ。
「晴れと土砂降りの交互か、ずっと曇りかどちらか選べと言われたら、僕は間違いなく曇りを選びます」
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