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第17話 代償
朝が来る度、リュナは何度も祈っている。他の人間たちのように偶像に祈るわけじゃない。明日のことを、誰にともわからないままに指を組んで祈る。
この平穏が壊されないように。せめてこの狭い建物の中だけでも、自分が主人公でいられるように。
リュナは本来の主人公のビジュアルを知らない。あるにはあるのだろうが、男性向けに作られた方ならともかく、BLゲームは前世の自分には縁遠すぎたのだろう。だから、勝手に当たりをつけている。全ての人間が、それなりに美しい容貌をしているこの世界において、主人公は可愛い、もしくはかっこいいとかだけでは務まらないと。もっと強烈的な印象があるはずだと。
条件を満たしているとはいえ、彼が主人公であると断言はできない。今はまだ様子を見てもいい。理性ではそう分かっているものの、本能的な恐怖がリュナを焦りへと追い詰めていく。
あの日、少年は皆が昼食をとる時間を見計らい、食堂で自分の名を名乗った。「ヴィオ」という名前だそうだ。自分の名を覚えていたのか、リュナのように思いついた言葉を適当に口にしたのかは分からない。しかしそこでも、ヴィオはやはり、自分たち普通の登場人物とは違い、最初から名前を知っていたんじゃないかとリュナは恐れた。
そんな心境をよそに、ヴィオはなぜかリュナに懐いているようだった。最初の発見者だからか。初日で食堂に案内したからか。
廊下で見つける度に、「リュナ!」と呼んで抱きついてくる。
リュナが見つからない時は、彼が石畳を打つ足音を探す。それでも姿が見えないとなると、「リュナはどこにいると思う?」と人をつかまえて遠慮なく聞く。
前世の、誰もが自分に興味を持たないような人間だった時は夢を見ていた。誰かが自分を好いてくれたら、それだけで自分は相手を好きになってしまうと。しかし現実は違うらしい。ヴィオがこちらに視線を向ける度に、なぜか悪寒がした。
他の人間に、そんな自分たちは仲良しに見えているらしい。そして二人揃って見つめられれば、嫌でも分かってしまった。リュナを崇拝していたはずの皆が、その視線が、ヴィオにばかり向いていると。リュナへの関心は、もうしばらくすれば全てヴィオに向かうのだと。
唯一の違いは、リュナの付き人を名乗っているセスだ。この声で名前をつけた日から、彼に心酔されている自覚があった。
リュナの頭痛を知っていることもあり、余裕がなく追い詰められたような顔ばかりしていると、セスは必ず話を聞こうとした。人が聞き耳を立てていては言いづらいのかと、就寝前にリュナの部屋まで来たこともある。
しかし、リュナは扉も開けず、彼を追い返した。「いつもの頭痛だから」、「しばらくすれば治るから」、「今はそっとしておいて欲しい」と。
他人への頼り方が分からなかった。他人を本当に信頼していいかも分からなかった。前世で人と関わってこなかった分の反動がここに来て足枷となる。自分から追い返しておいて苛立ちが募る。
だったらどうすればよかったんだ。優しい人が本当に優しいとは限らないじゃないか。心の衝動に従って何になる。本能よりも理性で自ら律するべきだ。
自分の考えが、声になって頭の中から響く。
自分に優しい人?誰だ、それは。
(……っ!)
次の瞬間、また頭痛に襲われる。何かが頭の中で「外に出せ」と暴れているようだった。リュナは咄嗟に頭を抱えてベッドの上に蹲った。何かの正体が分からない。しかし自分は、それを決して外に出してはいけないのだ。自分を悩ませる頭痛は、きっとそれを封じ込める代償だ。
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