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第19話 花
自室に戻っても落ち着くことはなかった。むしろ焦燥ばかりが増していく。そして、それはやがて自分が現状から転落していく恐怖に変わる。震えが止まらない。
落ち着け。落ち着け。落ち着け。
命まで取られるはずがないのに。怖い。また誰からも見て貰えなくなったら。自分の言葉を誰にも聞いてもらえなくなったら。自分の存在に、何の意味も見いだせなくなってしまったら。
無理矢理、息を吸っては吐き出す。どれだけそうしていたかわからないが、小窓の外の景色は、自分が中庭を歩いていた時と変わっていない。相変わらず曇っているだけ。夜にはなっていない。ということは、取り乱していたのは体感より短い時間だったのかもしれない。
景色を見られるくらいには落ち着いた後、ドアが軽くノックされた。きっとセスだろう。自分がいつもとは違う様子だったから心配して来てくれたに違いない。
今度は、ちゃんと迎え入れよう。前回追い返してしまったことも謝ろう。これ以上、彼から自分への心象を悪くしたくなかった。彼にまで見限られたくなかった。
しかし今となっては、それ以上に思うことがある。
誰でもいい。まだわずかに震えるこの身体を抱きとめてほしい。
扉を開けると、目の前にはいたのはセスではなかった。決してリュナが甘えられる存在じゃない。むしろ焦らせ、怯えさせた張本人。
「よかった。元気だったんだね」
ヴィオは、呆然とするリュナに構うことなく部屋に入り込む。
「さっき苦しそうだったから、心配したんだよ」
彼こそが、今もリュナを苦しめる張本人だというのに。
「で、何か元気をあげる方法はないかなって思って」
そう言って彼が差し出してきたのは、一輪の花だった。10センチ程度だろうか。6枚ほどの大きな花びらに囲まれ、真ん中には紫色の雄しべが密集している。
「どうやって……」
何が育つのかも分からない種は、先ほど植えたばかりなのではなかったか。
「花、早く咲かないかなーって思ってたら、咲いてくれたんだ」
それは、ゲームの世界でいうところの魔力だろう。主人公には力がある。自然の生気を使用して、外部に働きかける力だ。火を起こすことも花を咲かせることもできる。人間ひとりくらい、簡単にどうとでもできてしまう。
リュナは名前もないキャラで、当然、魔力なんて持っていない。けれどゲームの中の主人公は、力で……魔力で全てをひれ伏せ、あるいは取引し、意中の攻略キャラクターと結ばれるのではなかったか。
そんなリュナの考えなどお構いなく、ヴィオはこちらの髪に花をさす。
「うん。やっぱり長い髪によく似合う。白もほら、平服の黒にぴったりでさ」
紫の雄しべが耳をくすぐる。近づけられた時に、まじまじと彼の持ってきた花を見つめることになった。なんとも不気味な花だった。まるで中央で怪物が口を開けているような。この不気味な花には、花言葉などあるのだろうか。あったとして、きっとそれもまた気味の悪い――――
リュナは花言葉に詳しくない。この世界にもそういったものがあるのかも知らない。だからこれは被害妄想であったといってもいい。冷静な時なら、絶対にそんなことはしなかった。しかし、この少年が自分に不気味な花を贈る意味を考えた時、髪に指された花を思わず引き抜き、床に落とした。
「いりません。帰ってください」
「そっか。じゃあ今度はまた違う花を持ってくるね」
ヴィオがすんなり引いてくれなければ、これ以上何を口走っていたか分からない。
彼は軽い足取りで部屋を出ていった。リュナの拒絶など気にもとめないように。彼が出ていった後も、床で無惨に咲く花からは、甘ったるい香りが漂っていた。
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