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第21話 夜
どのくらいそうしていたのだろう。肌寒さを感じて、部屋に戻らざるを得なくなった。とはいえ昼から何も食べていなかったことも相まって、食欲はないものの視界がぐらつく。
食堂には明かりのひとつも灯っていない。食事の時間は既に終わっているからだ。そもそも施設にいる人間たちの結束を深めるため、食事の時間を決めたのはリュナだった。
それほど規律で縛っていないといっても、どこかで団結は感じてもらわなければ、組織なんてすぐ壊れる。食事くらいは家族のように、皆で集まり談笑しながら。表向きはそんな理由づけだったが、罪を背負ってここにきた人間は、ろくな家庭環境じゃない者も多く、家族を模した食事風景はそこそこに好評だった。
時間が過ぎたから明かりは落とされただけ。しかし、誰も自分が食事に来ていないことを気にしていなかったのか。被害妄想だと分かっていながらも、思考は訴えることを止めない。あの少年が本来の主人公だと。自分は誰も気にとめることのない、取るに足らない存在へと戻っていくのだと。
歩く気力もなく食堂の前で蹲る。もう少しすれば、せめて部屋に帰ろうという気持ちにはなるだろう。どうせ食事の後は誰も来ない場所だ。リュナは拗ねた子供のように俯いていた。
ふと視界がランプに照らされる。誰だろうとのろのろと顔を上げる。様子を確認するように肩に触れられた。
「ここにいたんですね」
目がなかなか光に慣れず、顔はよく見えないが、声の主がセスであることはわかる。しかし彼はランプを手に持ち自分を照らしているはずで、では寄り添うように自分に触れているのは誰なのか。
他の者を彼が連れてきたんだろうか。それにしてはぐいぐいと引っ張ってくる。セスよりこちらを頼れというように。温もりというよりは、力を感じる。人の体温よりも低いのか、肩がやけにひんやりとした。
「見つけたのはおれだから。あのね、リュナのこと、ずっと探してたんだよ」
声を聞いて、相手がようやくヴィオだと分かった。自分を奈落の底へ突き落とすような存在には、傍にいてほしくない。けれどその手を振り払う勇気もなかった。
肩を抱かれ支えられるままに食堂へ入り、椅子に座る。広々とした部屋を心もとないランプの明かりだけが照らす。示しがつかないから他の信徒にはバレないようにしてくれと自分から頼んだ。木製の長机に三人だけの、なんとも味気ない食卓だった。
「夕飯は、私たちが作っておきましたから。温めることはできませんが……」
「おれが作ったんだよ!いつもとは違う調味料を入れてみたんだ」
右隣に座ったセスが冷めたスープを口元に持ってくる。飲み下したと思ったら、すぐにヴィオが左側からパンをちぎって唇に寄せる。パンからは少し爽やかな甘い香りがした。リュナは生まれたての雛鳥のように、ただ食べものを与えられるままになっていた。
何が楽しいのか、自分の世話を焼いているふたりは、やけに嬉しそうに笑っていた。
断る気力もない。それどころか、彼らに食べ物を与えられる度、体はずぶずぶと底なし沼にハマっていくような気さえした。
「リュナ、ここ、ついてる」
ヴィオがとんとんと指で自身のくちびるを指す。自分の唇の、同じ場所をのろのろと拭ってみたが、あまり意味はなかった。
「逆だよ。こっち」
今度は手を伸ばして、こちらの唇に触れる。その指先は優しい。なのに執拗に何度も唇を撫でた。「やりすぎでは」とセスが止めに入るほどには。
ひんやりとした彼の指が、自分の体温を奪っていくかのように錯覚する。冷や汗を背中がじっとりと伝う。ひた隠した震えが伝わっていないといいが。
体が気だるく逃げられないというのも理由ではあるが、リュナには、彼に世話を焼かれながらも確かめたいことがあった。
それは主人公の持つ「魔力」について。
この世界の主人公は、全てを力でねじ伏せ、登場人物全員をものにする。そこに躊躇いは無い。
ならば、些細な日常でも使うのではないかと見込んでいた。例えば灯りの落とされた不便な食堂に対して。のろのろとしか動かない自分に対して。何の思うところもなくその力を誇示するのではないかと。
しかし食べ終わるまで、食べ終わっても予想した結果が得られることはなかった。自分に渡す不気味な花には魔力を注いだくせに。
両側から支えられるようにして、部屋まで歩いていく。セスは自分よりかなり背が高く、ヴィオは自分より少し背が低い。妙にバランスが悪く歩きづらい。リュナはひとりで歩けると言ったが、二人とも聞く耳を持たなかった。
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