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第22話 戯れ

「では、私はこれで」 「ええ、ありがとう」 ベッドにそっと下ろされ、お愛想程度にお礼を言う。小声で愛嬌も感じない感謝だったが、それでもセスは照れ臭そうにはにかんだ。 「……?」 セスは背を向けたというのに、傍らにはまだひんやりとした人肌の気配がある。ヴィオはなぜか、リュナと同じくベッドにちょこんと腰かけ、その場を動こうとしなかった。 「あの、僕はもう休みますので……」 だからもう去ってくれ。疲労で口調が乱暴になる前に口を噤む。 しかし次に感じたのは、背中にベッドの感触。ヴィオにゆっくりと押し倒されたと分かるのは、彼が覆いかぶさってきたからだ。 「あ、あなた、一体何を……!?」 彼はセスが止めるのを聞かない。ゆっくりとボタンが外されていく。中のシャツがあらわになってもその手は止まることなく、しまいには肌をさらけ出す羽目になった。 「ん……っ」 鎖骨から胸にかけてつうっと指でなぞられ、思わず声が出る。何をするつもりなんだと怒鳴って退かしてやりたかった。なのにできない。セスが倒れ込んできた時とはまた違う理由だった。視線に妙な重圧があり、リュナはまるで捕食者に睨まれた獲物の気分になった。 「やっぱり。汗かいてるからさ。このまま寝たら風邪ひくよ?」 一方で、ヴィオの言葉はどこまでも軽い。 「おれ、水汲んでくる!」 彼は自分の上からひょいと退くと、そのままばたばたと外へ出て行ってしまった。 「あ、おれがいないからって、リュナに変なことしないように!」 セスに余計な一言を言い残し、妙な空気だけを部屋にして。 「こ、困った方ですね。彼も」 「ええ、まあ……」 そんなことないですよ。元気なのはいいことです。そう言いきった方が印象がいいのは分かっている。しかしまだ心臓がばくばくと音を鳴らしているうちは取り繕う余裕もない。 「あの遠慮のなさは、憎めないところでもありますが……」 セスはそう呟いて、ふと彼が走っていった方をみる。優しい苦笑だった。 そうか。やはり彼も主人公に魅了されるのか。 そう考えると、どうしようもない気持ちになった。敗北感。劣等感。焦燥感。無力感。疎外感。すべてがない混ぜになったそれは、もうどうしようも無いと呼ぶ他ない。 お前が好きなのは僕だろう? 胸ぐらを掴んで、そう揺さぶってやりたかった。 全てを吐露したのも、救いを見出したのも、忠誠を誓ったのも、僕だけのはずだ。 ここまで来ると、もはや逆にセスを困らせてやりたいような気持ちだ。 離れるふりをして、少し体勢を変えた。 「どうしたんですか?」 「さっき言われたことを思い出しまして。僕、汗臭いですよね。すみません」 「そんなこと……」 「本当に?遠慮なんていりませんから……せめて不快にさせないよう、僕は離れますね」 「そんなこと、しなくていいです!」 セスの不安そうな顔や、困り顔が見られたらそれでいい。その程度に思っていたのに、腕を引かれ、リュナは彼の胸元に倒れ込む形になった。もう片腕での生活になれたのか、以前のようにふたりしてベッドに倒れ込むこともない。 「あ、あの……」 「臭くなんてありませんよ」 首筋に顔を埋められる。匂いを嗅がれているのだと分かった途端、ぶわっと体温が上がる錯覚があった。羞恥と、思った以上に彼に好かれていたんだという自覚で。 「あなたはいつでも、いい匂いです。気にして離れる必要はありません」 「……っ」 肌に柔らかい感触があった。首筋にキスをされている。気づいた時には、そういう行為になる寸前の、背徳感で濃密な空気が流れているような気さえした。 誘われているのだろうか。BLゲームの世界なら、ここでラブシーンのひとつでも入るのだろうか。余裕はとうに消え失せて、戸惑いだけが強まる。なのに疼く体はどこか期待もしている。どうしよう。前世での恋愛経験はきっと皆無で、今からそこまでする度胸は無い。 「ただいまー!」 そこにちょうど、水を汲んでくると言って部屋を出たヴィオが帰ってきた。なみなみと水の入った銀桶を両手で抱えて、ドアを足で蹴破りながら。 音に驚いたリュナと我に返ったセスは、同時に体を離す。 「……何やってたの?」 流れる空気の違いでも感じ取ったのか。ヴィオの声は暗く重い。 「たいしたことはしていません。ただ少し、話をしていただけですよ」 「は、はい……」 セスは複雑な心情なのだろう。先ほどの濃密なひと時を無遠慮に話されたくはない。けれどなかったことにしてほしくはない。 面倒臭い心理ではあるが、自分にも分からなくは無い。だから目配せをした。 さっきの時間は、ふたりだけの秘密にしましょう、と。 ぎこちなくセスは頷く。リュナが再度彼に微笑むと、ヴィオが間に入ってきた。 「ずっとふたりで話してたなら、次はおれの番でしょ?リュナの体、おれが拭くから!」 そう宣言すると、もともとはだけていたシャツを完全に脱がし、ぬるま湯に浸したタオルで背中を拭われる。 この世界でお湯は貴重品だ。わざわざ火を焚いて水を熱しなければならない文化レベルだから、こんな短時間で用意できるものじゃない。ヴィオを見ると、いかにも褒めてほしそうな顔をしてきた。 「これも、願ったらお湯になったんですか?」 「うん。あったかいほうがヴィオも喜ぶと思って」 「へぇ。魔法みたいですね」 セスはしきりに感心しているが、みたいもなにも、本当に魔法だ。 「花びらも入れてみた。ほら、いい香りでしょ?」 「今日植えたばかりなのに、もう摘んでしまっていいんですか?」 「いいの。リュナのほうが大事」 ヴィオからはっきりとした好意を向けられている。いつものリュナなら誰であろうとその気持ちに喜ぶのに、今は身構えてしまう。彼が自分を脅かす存在だからだ。 そんな人間に背を向けるのもどうかと思うが、彼自身に今のところ敵意は見られない。 だから、しばらくは彼の望むようにさせてやる。するとどんな考えがあるのか。首筋を執拗に拭かれた。そして過敏な自分の反応を楽しんでいるのか、しまいには悪戯とばかりに息を吹きかけられる、 「あ……っ」 逃げようとしても、後ろから腕で体を固定されて身動きができない。 「やめなさい」 身を捩りながら声を漏らしたところで、さすがにセスが止めた。 「なんで?体拭いてただけじゃん」 明らかにそれ以上のことをしていたと思うが。 「そんなに羨ましいなら、セスが後ろ拭きなよ」 使用途中の布を渡して、彼は勝手にクローゼットを物色し、別のタオルを湯につけ絞った。 「おれはこっちを拭くし」 そのまま前方に回り込まれた。後ろではセスがそろそろと背中をぬぐっていた。 顔を逸らし、目を閉じて耐える。ヴィオと目を合わせたら固まってしまうから。誰かに触れられていると意識したくなかったから。理由の枚挙には暇がない。 途中までは耐えられていたものの、彼の手がへそ周りに伸びたあたりで限界を迎えた。 「……や、ぁ」 「やだ?なんで?」 そこを触れられるとぞわぞわする。自分で自分を慰める時の甘い感覚と、電流が走る痺れが混ざったような。それを、自分の体は快楽ではなく恐怖ととらえた。触れている相手が相手だからだ。 こんなに気持ちよさそうにしてるのに。 「いや……ぁっ……」 体を拭くという名目はどこへ行ったのか。へその下を明確な意思をもって触れられた。そうして喉から漏れたのは呻きではなく喘ぎだった。 「ほら、こっちも」 「やっ……そこは、ほんとに……やめてください……っ」 履いているものの上から兆し始めた場所に触れる。 「なんで?こっちも拭いたほうがよくない?気持ちいいならなおさら」 拒否の意味で被りを振るのに伝わらない。眦に涙をためたまま振り向きセスに訴える。彼ははっとして声を上げた。 「お、おやめください。彼は、その、敏感なんです ヴィオの目がすっと細める。剣呑な眼差しをセスに向けている隙に、リュナはシーツにくるまった。部屋着に着替えるとかもうどうでもいい。 「……僕はもう寝ますので」 シーツ越しのくぐもった声で、あくまでも従者であるセスに伝える。なのに答えたのはヴィオの方だった。 「じゃあ添い寝していい?」 「おやめなさい!わ、私たちはこれでお暇しますから……おやすみなさい」 屈辱だの羞恥だのを覚えるか、あるいはそのまま快楽に身を委ねてしまった場合の自分を想像するか。悶々として眠れない夜を過ごすことは間違いないのに、今日に限って瞼はあっさりと落ちていく。意識を手放す前、湯に浸された花弁の香りが、自分の肌からふわりと立ちのぼった。

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