23 / 52
第23話 役割
眠った気がしなかった。目が覚めた時、あまりにも体が倦怠感に支配されていたから。疲労が取れていない。それどころか昨日より悪化している気さえする。まだ眠りに落ちてからそれほど時間が経っていないのだろうか。
這い出るようにシーツから顔をのぞかせる。外は相変わらず曇っていて時刻の判断ができない。けれど植物の世話をする声が聞こえる。この場所では誰もが同じ時刻に起きて生活する、その方が調和が保たれるし、戒律や経典を刷り込むための儀式も行いやすいからだ。既に起きている人間がいる。それだけで寝坊は確定していた。
立ち上がるだけでも気力を必要とする。そして立てば目眩が起こり、その場に蹲った。熱は無い。この世界に来てから風邪をひいたことも無い。ただ世界が歪んで回っているような気持ち悪さがある。
それでも部屋から出ようとするのは、供給物を取りにいかなければならなかったから。
「供給所」と皆が呼んでいるあの棚が何なのか、まったくもって分かっていない。この世界で暮らし始め、皆をまとめる立場を得た今になっても。
一見すると、この建物の廊下の突き当たり、行き止まりとなった石壁にに括り付けられた棚。しかしその他棚の向こうに目を凝らしても、ひび割れた壁は見えてこない。ただ真っ暗な闇が広がっているだけ。そして、決まった日の朝、そこに食料や衣服といった、生活に必要な物品が補充されている。
おそらくゲームの中では主人公が得るアイテムが置かれている棚だったのだろう。成人向けゲームというだけあって、置かれていたのは筋弛緩剤や媚薬といった怪しさ満点の物ばかりだった記憶があるが、ここにいる人間にはもっと必要なものがある。ゲームの中で描かれることはなかったというだけで、あの棚は生活必需品を供給する場でもあった。
そしてそこに物を取りに行くのはずっと自分の役割だった。主人公になれるのではないかと気づいた日に、自らその役割を買って出た。もともと、他の人間は気味悪がってあまり近づかない場所だった。棚の奥、あの暗闇の中から何かが現れて、自分を向こう側に引きずり込むのではないかと。古い建物だから、そんな怪談まで噂だてて。結果的にこの立候補が功を成して、その後、この施設をリュナが仕切る流れになっても、誰からも文句は上がらなかった。
そしてその役割を、リュナはとても名誉だとすら考えている。確かに棚の向こうの真っ暗闇は気味が悪い。しかし自分にも役割があること、それはつまり集団の中に居場所があるということだ。そんな事実が全ての杞憂をなくしてくれた。
だからどれだけ体調が悪かろうと、この小さな仕事だけは全うしたい。力が入らない自らの体に鞭打って、棚の場所まで赴いた。いつもより遅くなってしまうことを僅かに申し訳なく考えながら。
だというのに、到着しても棚には何も置かれていなかった。食材がない。それはまだいい。最近供給されたばかりだから。今回は日用品が主となるはずだった。しかしそれすら見当たらない。
真っ先に考えたのは、誰かがリュナの役割を奪ったということだった。妙な怪談を気にしない、あるいは知らない人物。そしてリュナの仕事を知らないか、あるいは代わってやろうという者。それだけで対象はセスかヴィオに絞られる。
リュナはきっと持って行ったのはヴィオだろうと当たりをつけた。先日、種をここから持って行った前例もある。
リュナが動けなければ、誰かが代わりにここに来るのは当然だった。
たとえばマッチ。あれがなければ調理場は稼働しない。全員で食べる朝食の時間も遅れる。
もしくは衣服。新しく来たセスのサイズに合うものはなく、丈の足りない自分のものをまだ着ている。ヴィオだって、来た時はセスのような全裸ではなかったものの、持っている服はそう多くないはずだ。
だから代わりの誰かが行っていても仕方ない。頭はそう結論づけるのに、嫌な妄想が渦巻いて止まらない。
ここにいる人間を仕切るのはお前ではないと。主人公気取りはもう終わりだと。
ともだちにシェアしよう!

