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第25話 毒の花

――――リュナ様がお倒れになった。 ――――誰か寝台に運べる者は。 床で丸まっているリュナに調理番が気づき、そう声を上げようとしたところで、その隣をヴィオが通り過ぎていく。 「ヴィオ、お前には難しくないか?セスあたり呼んできたほうが……」 ヴィオの背は、背はリュナより少し低い。しかしそんなことはお構いなしに、彼はリュナを横抱きにして抱える。 「このくらいなら平気!」 「すげぇな。それも魔法か?浮かせて持ってるとか」 「魔力は使ってるけど、浮かせてはいないよ。リュナには直接触れていたいから」 その姿はまるで、人懐っこい少年が、美しい青年を兄と慕うようなもの。リュナの憂いを知らない調理番はそう考えた。 「食欲もあまりないみたいだし、疲れてるんだろうな。リュナ様は俺らのしない仕事もしてるから」 ミサの準備に教典の作成。それに加えて調理や掃除の当番表を考えたり、供給された食料の分け方や衣類の繕いだってリュナは他の人のものを買って出ている。明らかに働きすぎだが、それでも本人はまだ足りないと思っている。人心を集めるためには、まだ。 「ちょっと花を使いすぎたのかな……」 リュナ部屋に運び、ベッドに寝かせながらヴィオは呟いた。 昨日拭いた体が、また汗をかいている。 「ん……っ」 首筋に顔を近づけるだけでは満足できなかったので、しょっぱいそれをひと舐めすると、彼の唇から吐息が漏れた。目が覚める気配はない。夢見が悪いのか、眉間に皺が寄っている。額にはりついた髪を指で払い、そのまま撫でた。それでも起きる気配はない。今度から花を使う量は気をつけようと心に留める。 花弁を湯に漬け込んだ。彼に与えるパンの生地に入れた。髪にもさして、常に彼が香りを纏うようにした。 ヴィオが育てたこの花には毒性がある。命を奪うほどのものじゃない。ただ体のふらつきや眠気を引き起こすだけだ。使い過ぎれば意識を混濁させたり、神経を麻痺もさせるけど、そこまでは使っていないはず。 リュナ休ませたいという気持ちも嘘じゃない。ここ数日、明らかに追い詰められた顔をしているから。できることならこの腕に抱いて眠らせたかった。 「……でも、あなたは何故かおれを避けるから。しかも、あろうことかあの臆病な男に抱いてくれ、なんてさ」 ヴィオはふたりの話を聞いていた。生まれつき、気配を押し殺すことは得意だったから。あの時だけじゃない。暇さえあれば、部屋の前で、食堂の近くで、ミサをしている扉の向こう、中庭に花を植えながら、リュナの声を聞いていた。 「許せないな。あんな男とくっつかれたら、おれがここに来た意味がなくなるもん」 もしあの男がリュナの願いを叶えようとしていたなら、なんでもない振りをして間に入るつもりだった。 「でも、逃げるのもそれはそれで許せないよね」 セスが色事に怯えていることは知っている。妹の身に起こった事件が、その引き金であることも。だってあの時、ヴィオはリュナにそう告げる声を聞いていたのだから。 「それでも、リュナに迫られてるんだ。おれなら喜んで抱いちゃうな。ああ、でも、勃起しないなら抱けないか」 優しく頬を撫でる手。リュナを見て微笑む瞳。しかしその声はどこまでも愛しい人を置いて逃げた男を嘲笑う。 「どうしてリュナは抱かれたかったの?どうしておれじゃなくてアイツにしたの」 それも、ヴィオが許せないことのひとつだった。 とうとう寝かせるだけでは耐えきれなくなった。リュナの背を支えながら上半身を起こす。ぐったりと自分の手にのしかかる重みが気持ちいい。 「早く気づいて」 彼はヴィオの声に応えることなく、腕はだらんと垂れたままだ。 「おれがいるよ。あんな男を、特別にしないで。おれを唯一無二にして」 ヴィオは啄むようにしてリュナの唇に触れる。以前キスをした時よりはいささか乾いている。保湿に良い植物はないだろうか。そんなことを考えたのも一瞬。すぐ貪るような口づけに夢中になる。 彼の唇がそれに応えることはない。端から零れ落ちた唾液を無造作に拭った。 一度だけこの唇に触れた時、彼は起きていた。小さな口に舌を無理矢理捩じ込んだら、苦しそうな顔をしていた。体はそれでも触れられるという行為に反応していたけれど。そしてそんな不均衡に、うっかりそそられていた自分がいたけど。 「どうせするなら、無理矢理じゃなくて、やっぱり応えてほしいなぁ」 そして舌を絡ませあって、ぐちゃぐちゃにしたいし、なりたい。唇どころか、互いの輪郭も分からなくなるくらいに、ヴィオは彼と溶け合ってひとつになりたかった。

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