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第30話 女王

セスと入れ替わるように付き纏ってきたのは、ケリーだった。 彼はリュナが頭痛に呻いていても声をかけることはない。ましてや、その間にセスが隣に駆け寄ってくるわけでもない。従者になるとか守るとか、戯言もいいところだった。 しかしまったく無視されているというわけでもなかった。たまにリュナが視線を感じて振り向くと、セスは遠くからじっと見つめているだけ。まさかあれで守ってるつもりだろうか。 「いいんですか、騎士さんほっといて。こっちを恨みがましい目でみてるんですけど」 廊下を歩いていると、後ろからケリーがついてきて、わざわざそう進言する。 「ただの未練です。臆病で、優柔不断な男の未練」 リュナが吐き捨てるようにいえば、ケリーはひゅうと茶化すような口笛を吹いた。 「俺達、似た者同士だと思ったんだよな」 その上で、飄々と言ってのける内容は心外だった。 「僕は、貴方のように他者から物を奪ったり、人を脅したりしません」 「本当に?じゃあヴィオにやってることはどう説明すんの?脅しでも何か奪るわけでもないなら、ただの暴力?」 ケリーはリュナがヴィオに振るっている暴力を知っていた。あの後、食堂でヴィオは赤くなった頬を何でもないと誤魔化していた。多数の人間が彼を心配する中、ケリーはこっそりとリュナに近づき耳打ちした。「あれ、アンタがやったんだろ?」と。 むしろ奪いに来ているのはヴィオの方だろう。自分は努力で今の立場を築き上げた。それをカリスマ性だとか人懐っこさだとかいう、生まれつきの曖昧な能力で横からかすめ取ろうとしている。 そう考えれば、罪悪感など抱かない。嫌なら自分から離れればいい。なのに彼はリュナ構われに来るのだ。例えそれが叩いたり蔑まれたりすることであっても、そんなリュナの反応を見ることさえ楽しいとでもいうように。 昨日もそうだった。頭を床に擦り付けさせて、上から靴で踏んでも、屈辱的な顔なんて見せなかった。 生意気。無礼。そう言って仕置として地下に閉じ込めたあの時は、さすがに抵抗したが。またひとりにしないで、リュナと一緒にいたいと、意味もわからないことを喚いていた。 何より、リュナが一番腹を立てているのは、ヴィオのあの瞳だ。「愛されたい」と正直に訴えかけてくるあの目を思い出しただけで、なぜか苛つく。日課の礼拝へと廊下を歩む速度も自然と速くなる。 「なあ、本当はここの宗教なんてでっち上げなんだろ」 「そう断定できる知識があるんですか?」 「まさか。ただアンタから、最初の聖母の面影なんてもう消えてるからさ。今はどっちかっていうと女王様だな。権力に執着する悪女」 「僕は男です」 「知ってるよ。でも男だらけのこの場所で、アンタを女代わりに見てる奴なんて腐るほどいる」 「ならば、なおさら秩序は必要でしょう」 「完全潔癖の神様と、それに仕える人間は、暴力とか振るわないと思うんですけど」 「背く者がいれば正すべき。そんな教えはいくらでもあります。それに僕は教えのとおり、持たざる者を痛めつけたりなどしません。互いに平等に与えられているのになお奪う。その行為を禁じているだけです。例えばあなたの食糧強奪とか」 もっとも、この教義すら、あとづけで教典に書き込んだものだが。 「耳が痛い」 ケリーが肩をすくめる。これ以上話していても何の益もないとリュナは切り上げようとするのに、やたらと話しかけてくる。 「ということは、ヴィオは何かを奪おうとしているわけだ。それにアンタは怯えてる」 しまいには、本人を目の前にして、自分はヴィオとリュナのどっちに着いた方がいいかな、などと言い出すのだった。 リュナにとって不思議なのは、それでもケリーにはヴィオのように手を出す気が起きないことだ。体格の差だろうか、それとも力の差だろうか。しかし魔力がある分、リュナにとってはヴィオも敵わない相手であることに違いは無い。 心がざわつき乱される。それに呼応するかのように雨粒が窓を叩いた。 「雨……」 「あー、これは雷もあるかもしれませんね。久々の雨で、庭遊びのうるさい声も聞こえなくなるんでちょうどいいんですけど」 雷雨。それはこの建物に新たな訪問者が来ることを意味していた。セスの時もヴィオの時もそうだった。 「どこ行くんです?」 「物資の管理へ。今、棚から物を取ってきているのはヴィオですから」

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