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第32話 鞭
本当に、リュナはおかしくなってしまったのかもしれない。
その日から、彼の頭はヴィオを痛めつける行いに支配されてしまったのだから。
彼を屈服させたい気持ちに変わりは無い。自分の立場に執着する気持ちももちろんある。
しかしそれ以上に、どうやって苦痛を与えようかと考えるようになった。
その行為を、誰かが見つけるような場所では決してしない。体に傷もつけてはいけない。
数日して、棚には新たな服が置かれた。それを手に入れたヴィオが皆の前にようやく姿を現す。その時、まだ顔を蹴られた時の傷が残っていた。他の信者が心配しているのを見てから、リュナは他人から見えないところに傷をつけることに思い至った。
まず、ミサの時間を間違えて伝えてみる。遅れてくるヴィオを睨みつけると落ち込んだ表情を見せた。おまけに、先日自習するからと持って帰った羊皮紙をなくしていることも叱責した。これは、後日彼の部屋からぐちゃぐちゃになって出てくる予定だ。
自分は、ただ秩序を持って暮らしたい聖職者であるフリをする。彼は秩序を乱す者として、やがて自分以外の人間にも爪弾きにされればいいと、本気で願っていた。
しかし、そんなささやかな行為ではまだ足りない。リュナが彼に与える罰は、さらにエスカレートしていった。用事を言いつけると、ヴィオは自分に近づける理由ができて嬉しそうな顔をしていた。その顔が気に入らなかったので、重労働を言いつけた。
夜は折檻の時間にした。自分がでっち上げた適当な宗教に、暴力を持ち込む気なんてなかった。罰は一度下ればそれが贖いになるとして、信心を集めていたからだ。
その中で、ヴィオの存在だけは例外とした。
鞭のしなる音がすると、少年の肌にまた一筋赤い線がつく。それは膨らんだ後に、じわじわと滲んだ形を成した。
夜の礼拝堂に来る人間なんていない。だから誰にもバレない。水浴びだって、ヴィオは夜にひとり、魔法とやらで行っているのだろう。彼にだってプライドはある。あんなに慕っていたリュナから折檻を受けているなど、他者に吹聴する気は無いようだった。
リュナが使っている鞭は、棚にあった。本来は主人公がえげつないプレイの時に使うものだったんだろうが。まさか主人公が使われる側になるとは。最初はそう考えるだけで愉快だった。
愉悦が次第に苛立ちへと変わるのは、どれだけ叩いても、ヴィオがじっと耐え忍んでいるからだ。
痛みが酷くなったら音を上げると思っていた。この施設から立ち去ると言うんじゃないかと期待した。なのにヴィオは何も言わない。だから彼が悪い。リュナに害意を抱かせながらも罪悪感を覚えさせない。ヴィオはいわば、人を加害者にする天才だった。
「……あはっ」
痛めつけられながら、あろうことか彼は笑っていた。最初は気が狂ったのかと思った。もしそうなら、彼が嫌がっていた地下室に閉じ込めてやる。それで全てが終わる。様子を見ようと、リュナは振り上げていた鞭を持つ手をゆっくりとおろす。
「……優しいね。こんなことしても痛くないのに」
四つん這いになった状態から首をひねり、リュナはこちらを見つめる。その目は生気に満ちていた。
「もっと傷をつけてもいいよ。リュナにだったらいい。消えないくらいの痕をつけて」
少年は、無知で打たれ明らかに喜んでいた。
「……気持ち悪い」
心底理解できない。そんな確信が、よりリュナの嫌悪を煽った。
「おれを痛めつけるなら、もっといろんな方法があるよね。なのにそれをしない。それとも知らないのかな。どっちにしても、リュナが優しいか可愛いかの違いだから、問題ないか」
恍惚とした表情で、独り言のように呟く。
リュナは、力が抜け取り落としかけた鞭をもう一度持つ。思いっきり叩いたのに、ヴィオは呻き声ひとつ上げない。
悦に浸っていたのは自分だけ。こんな折檻、なんの意味もなかった。打たれる度に、声は上げずとも、彼の息は震えた。それすら、リュナには自分を嗤うためのものに聞こえる。
「貴方が言えばいいんです!ここを出ていくと!僕には何もしないと!そうすれば、僕はこんなことしなくていいのに!」
めちゃくちゃに打っても、彼は泣きもしなかった。ただ今夜も一緒にいられて嬉しかったと、途方に暮れるリュナの耳に囁いて帰っていった。
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