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第44話 産卵
体がじっとり汗ばむようになった。毎晩、誰もが寝静まったのを確認してから拭いてはいる。でもそれだけだ。今日こそはべたついた髪を洗いたかつた。
幸い、最近のヴィオはリーダーとして統治に手こずっているようだった。今日なんか、さっきまで、全員聖堂に集めるとかなんとか、黙ったままのリュナにぺらぺら喋っていたところだ。今ならきっと誰にも見られないはずだ。自分も、異様に膨らんだ腹も。
水場にちょっといって、戻ってくるだけ。
その程度の覚悟で久々に起き上がったのがだめだった。
「んぁ……っ」
胎の中で卵がごろりと動く。リュナの中から出てこようともがいている。
リュナは出てくる生き物の生態を知らない。何日で孵化するのか、何日で腹から出るべきか。だから今のタイミングが正常なのかどうかすら分からない。
腹が出てきてからは、サイズが合わないことを理由に下を履いてなかった。シャツを上から着てあとはずっとベッドに横たわっていればバレることもなかった。だからこのままでも出せはする。
「ん……ふ、ぅ……っ」
床に這いつくばるようにして、慌てて四つん這いの姿勢をとった。見よう見まねの浅い知識で、息を吸っては吐く。腹に力を入れるべきかそれともリラックスすべきか。迷っている間にも、卵は内壁をぐっと押しておりてこようとする。
「あ、ぁ……っ」
どれだけ苦しくとも大声は出せない。誰かに駆けつけられても困るし、どうしたってあの時嘲笑された声が蘇るから。今は自分の中にある卵のことだけを考えていたかった。
「ひっ……ぅ……」
苦しいだけなら。まだいくらでも我慢できた。痛みだって、歯を食いしばって耐えただろう。
これ以上下がってきてはだめだ。体内を押し上げられたくない。早く子に会いたいと思う一方で、出てきてほしくないのは、出てくる途中、抉るように敏感な内部を擦っていくからだ。
触手に犯された時のことを思い出す。あの太さで擦られるだけでも、悲鳴をあげるように喘いだ。卵を産み付けられるだけで、甘い感情が脳を支配した。ならば、あれより大きな卵が中から転がりでる時に、自分の体は、頭はどうなってしまうのか。
「や、ぁ……ああ……っ」
苦しい腹とは裏腹に、それは前立腺を押し、後孔を広げ、ごろんと床に転がり落ちた。産む際にどんな作用があったのか、表面は粘液でぬらぬらとてかっている。通り道となった場所も、痛みよりは快楽が勝っている。
「あっ、あぁ、んん……っ」
ひとつ、ふたつ、みっつ。続けざまに卵は内側を押し開いた。ひとつめが通ることによって道ができたのだろう。すると苦しさよりも気持ちよさの方が勝る。
「も……やぁっ、あ……っ、ああぁっ」
ごろごろと卵が転がり落ちる度、あれだけ我慢していた声が抑えられなくなる。
全部で卵は6つあった。すぐに拾いたい。この手に抱きたいと思うのに、ベッドを背もたれにして座り込むのが限界だった。
「は、ぁ……ん……」
いつのまにか射精していたらしい。あれほどの快感があったのに、もはや性器は勃ち上がることさえしていない。なのに雫が垂れた形跡があり、竿を濡らしていた。
座り込んだままで腹をおさえる。すっかり平らになっていた。体内にぽっかりと穴が空いたような寂しさがある。
息を整えていると、扉が開いた。すっかり時間を気にするどころではなかったが、もうヴィオが様子を見に来る時刻だった。
いつもなら開いていた脚を閉じるだろう。出ていったの卵の形に開き切り、まだ物足りないというようにひくつく後ろをみられたくはない。
しかし、リュナは守るように真っ先に生まれた卵へと手を伸ばす。それをひと足早く、ヴィオがひょいと取り上げた。
「これ、ずっと体の中に入れてたの?」
「…………」
冷たい声に思わず目を逸らした。
「ねぇ、答えて?」
彼は卵をひとつ取ったその手には、力が入っているように見えた。足元にも卵が転がっている。怒らせたら何をするか分からない。
「つ、潰さないで……!お願い……お願いします……」
立場はすっかり逆転していた。リュナが痛ぶり愉しんでいた頃のヴィオはもういない。今の彼は、自分をどうとでもできてしまう。
「だったら、答えて。いつから?」
「1週間……くらい前から……」
ずっと寝ていたから定かではない。しかし愛着が湧く程度には、卵たちと過ごしていたはず。
「この卵は、地下に行かないと手に入らないと思うんだよね。どうしてそんなところに行ったの?」
「あ、あいたくて……」
「誰に?」
答えにつまる。説明したら、化け物がヴィオに殺されてしまうかもしれない。自分に卵を託したやつは死んでしまったけれど、元いた化け物は依然行方不明のままだ。
「……言えない」
「そっか」
がっかりしたような声が降ってくる。
「ごめんなさい……他のことなら言える……!なんでも言うから……その子たちに変なことしないで……!」
「その子たち、ね。この卵、服に隠してたわけじゃないのは、その格好を見ればわかるよ。自分で産んだんだよね」
「わ、わからない……。僕の中から出てきた……けど……僕は……元々あった卵を、大きくしてただけで……」
「そのお腹で?」
頷く。今はぺたんこになってしまった腹に視線を感じた。
「じゃあリュナは、お腹に卵を産みつけられたんだ。どうやって?」
首を左右に振った。あんな痴態、口に出して言えるわけない。
「さっき、言えるって言ったよね?」
ヴィオが持っていた卵を握りしめる。
「分かった、言う、言うから……!」
従えば手を緩めてくれてほっとする。ただ鋭い視線の方は変わらなかった。
「触手が……腕、を……拘束してきて……抵抗できなくて……そのまま。肌を這って……体液をすすられた。それから……」
「ここも触らせたんだ?」
「……っ」
急所に彼のつま先がふれる。かつて自分が、そうして彼を痛ぶるように。
「許せないな。このまま潰してしまいたいくらいに」
血の気が引く。本能的に嫌だと首を振った。
「しょ、正直に言った……から……」
「じゃあ、ここを潰されるのと卵を潰されるの、どっちがいい?」
今度は本能より感情が勝った。
「僕はどうなってもいい!だから、卵だけは……!」
舌打ちの音に、体をすくめる。
「そうだ。卵があるってことはさ……」
ヴィオはしゃがんで目を合わせてきた
「ここ」
「ひっ……」
「入ってきたんだよね。どんな感じだった?どう思った?」
手でぐりぐりと押されると。まだ卵があった余韻を感じる。咄嗟に体を捩ると彼は手を離した。
「あ、あ……」
「責めたいわけじゃないよ。ちょっと怒ってはいるけど。だから、ね?言って?」
「ふ、太いやつ、が……太くて……卵が入ってたから、でこぼこしてた。……そんなのはいるわけないって……怖くて……」
「でも、入ったんだ?」
「む……むりやり……」
「痛かった?」
「痛くは、なかったけど……苦しくて。でも……ねばねばした液体で……あっという間に奥まで進んだ。行き止まりだっていったのに……」
「ぶち抜かれて、その先に産み付けられたんだ」
問い詰めてくるような彼の口調に、こくこくと頷くしかなかった。
「苦しいけど気持ちよかったよね。あれはそういう化け物なんだから。……許せないな」
ヴィオに肩を押される、倒された。床の硬くて冷たい感触が背中に当たる。
「唇に触れた時と同じように、最初にここに入るのはおれだったのに。そう決めてたのに。おれがちょっと目を離した隙に……っ」
彼は躊躇いなく馬乗りになった。その手には相変わらず卵を握っている。嫌な予感がする。彼の口元は笑っていても、目が笑っていないからだ。リュナほつられるように、引き攣った笑みを零す。媚びて服従しているみたいだった。それでも自分の言うことを聞き入れて貰えるなら構わなかった。
「お願いだから、その卵だけは……!」
しかし、そんな懇願も虚しくヴィオは手に力を込める。殻は思いのほか脆かったらしい。くしゃりと軽い音がした後に、中の柔らかいものまで握りつぶされた。彼の手から垂れるのは、肉塊とも血液ともつかない赤黒い何か。生命になりきる前に終わった物体。
「あああああああ!」
彼をおしのけ、這って近寄る。そこにもはや命は宿っていないと知っていても、欠片をかき集めずにはいなかった。
ふたつ、みっつ、よっつ。立ち上がった彼が、床に落ちた卵を足でも踏み潰していく。手からこぼれ落ちる血のような液体を彼が舐めた。「あんまり美味しくないね」とぼやきながら。
「ぼくの……ぼくの赤ちゃんだったのに……」
「ごめんね?」
リュナは蹲り伏して泣いた。ヴィオの声には優しさはあれど後悔はなかった。
「だけどね、こんな卵、孵しても意味ないから」
リュナは呆然として彼を見上げる。何を言っているのか分からなかった。目の焦点も上手く合わない。彼がどんな顔をしているのかも分からない。
「コイツらの生態、知らないでしょ?胎内で孵ることも卵から孵ることもできるんだけどね、どっちにしても最初にとる行動は同じ――――母胎を食べるよ」
なんてことないように言う。
「お腹で孵った場合は、母親の腹を食い破って外に出るんだ。だから産みつける対象は雄でも雌でも構わない。卵のまま外に出た場合も、近くにいた母を養分にする。産み落とした粘液を辿って、体液を啜りに来るよ。違いがあるとすれば、触手に犯されてから食べられることだろうね。どっちにしても、最期は養分になって終わる。それを望んでたの?違うでしょ?」
死にたくはなかった。だからリュナはヴィオを虐め抜いた。でも無理だと悟った。だからせめて死んでも、消えても、誰かに忘れられない自分になりたかった。
「それでも……よかった。ただ死ぬんじゃなくて、誰かにとってかけがえない自分でいられるなら……それでよかったんだ…… 」
ぎり、っと音がする。ヴィオが苛立ちから歯を食いしばった音だ。「おれがいるのに」。呆然とした頭の中でそれだけが聞こえた。
腕を掴んで引っ張りあげられる。そのままベッドに乱暴に倒された。怒り任せという表現がぴったりなだった。リュナは為す術もなくベッドに転がる。
「……残念だね。赤ちゃん、一匹もいなくなっちゃって」
そんなこと、心にも思っていないくせに。お前が殺したくせに。なのに自分は主人公じゃないから、彼を裁くことも許されない。無力感と悲しみで嗚咽が溢れだす。でも彼に泣き顔を見られたくない。これ以上負けたくない。そんなちっぽけなプライドで顔を腕で覆い隠してしゃくり上げる。
彼はそれを無理に退かそうとはしなかった。
「これもいらないね。必要になる赤ちゃんはいないんだから」
腕が使えないのをいいことに、ヴィオはリュナがかろうじて着ているだけだったシャツをたくしあげる。自分では違和感に気づかなかった。
ぷくりと膨らんだ乳首からは、液体が染み出ている。気づくとまたじんわりと湿ってきた。もう男女の体の違いなんて些細なことで、これは母乳なんだろう。卵のまま産まれてくることのなかった化け物たちの、体液を啜りやすくする工夫のひとつ。
今さら母の体になったことを自覚して、リュナは余計に泣きたくなった。
「ひ……っ」
唇が吸い寄せられるようにそこに口づける。先端を舌で嬲り、滲み出した母乳を吸う。彼は自分の子どもでもなんでもないのに。
「あ、ぁ……っ」
だからだろうか。音を立てて吸われると腰が浮いた。体の反応に心がついていかない。感じたいわけじゃないのに、そこが兆し始めるのを感じてますます涙が止まらなくなった。自分がどこまでも浅ましい存在であるような気がする。
「ぅ、あ……あぁ……っ」
先端がかたくなると、つつくようだった動きは転がすようにかわる。ぬるい舌に包まれて小さなそこが快感を拾っていく。くすぐったさはすぐに疼きに変わり、熱を持ったそこは見なくても赤く充血してるとわかる。
やがて出が悪くなったのか、けれどもっと欲しいというように軽く歯を立てられた。
「あぁんっ」
びくりと体が弓なりになる。刺激を与えられていないはずの後ろがひくつく。射精はしてないはずなのに達した時と似た感覚があった。違うのは、上り詰めた先からなかなか降りられないところだ。息を荒くしながら体は余韻を味わい震えている。
「あっ、あん、は……ぁ……っ」
もう1回、さっきの感覚が欲しい。頭の中が痺れるような焼け付くような感覚。壊れてしまいそうなそれを与え続けて、何もかも忘れさせて欲しい。命令しているのが理性が本能かも分からないまま、彼の舌に乳首を押し当て続けた。
彼か自分の唾液まじりの母乳を飲み込む。まだ少年の小さな喉仏が動く。
「……おいしい」
もう出ないくらいに吸い尽くして呟いていた。まだ足りないのか、胸の周りをゆっくりと撫でる。リュナはくすぐったくて身を捩った。そんな動作の何が気に入ったのか、柔らかく笑う。
「おれ、あんまり食べるの好きじゃないんだ。おいしそうに食べると、リュナが嬉しそうに笑ってくれるから、おれでも役に立てるんだって思って食べてた。その瞬間だけは食べるのが好きだったな。だから、おいしいって思えたのはこれが初めてかも」
何を言っているんだろう。いつ自分が彼の食事を見て喜んだんだろう。
「まだおれが誰か分からない?」
リュナは返事をしなかった。ただ呼吸で薄い胸が上下するだけ。かわりに、会話にもならない言葉を返す。
「僕のことは、好きにしていい。もう全部、失敗したから……」
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