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第45話 クソガキ
好きにしていいと言った。知らない内に薬を使われていたことがある。彼に酷いことをしてきた自覚もある。だからやり返されるかもしれない。そんな思いがリュナにはあった。
しかし、このまま何もされずに放置されたとしても、自室の外に出るだけで針のむしろだ。
だからリュナは、部屋で自分の存在が消える日を待つ。ヴィオに立場が全部取って代わられるまで。今までそれをずっと拒んできたし、今だって消えるのは怖い。
なのに、恐怖で泣きわめきたくなる度に胸が張る。液体が染み出して痛くなる。そして呻いていると、ちょうど彼が部屋の扉を開けるのだった。
「今日もおいしいね」
「ん、ぅ……」
その言葉に、リュナを恥ずかしがらせようという意図はたぶんない。好物を夢中になって吸っているだけだ。むしろリュナの方が、毎日の習慣にされてしまったせいで、胸の先が熟れたように赤く膨らむようになってしまった。擦れただけで下に熱が集まる。
「こっちも苦しそう」
好きにしろと言ったのは自分だけ。だから下着ごとずらされても抵抗しない。軽く上下に擦られるだけで、そこは先走りを零し始めた。
「あぁ……っ」
何も考えたくないから、素直に快感だけを拾う。後ろに指を入れられても、早くいいところに触ってほしいとしか思わない。ヴィオはリュナの反応を見ては、ゆっくりと指で擦りながら抜き差ししていく。ぬちゃぬちゃと響く水音。自分の体に変化があって濡れるようになったのか、彼が潤滑油を持ってきたのかも、リュナは知らない。
「は、ぁ……っ」
張り詰めた糸が途切れたように体を投げ出している。最初は声を聞かせなくて歯を食いしばっていたけれど、彼なら嗤うこともないだろう。そう気づいてからは感じるままに喘いだ。精液が吐き出されたことを確認してから、彼はゆっくりと指を抜く。その余韻で体が跳ねた。
まだ足りないと、彼はうっとりと自分の体を貪る。しかし、かつて自分が痛めつけた時のように興奮はしていなかった。
「……なぁ、アンタはどうしたいの?」
いつもの高貴さを装った敬語とは違う。前世の自分とまったく変わらない口調で訊ねた。
まさかずっと自分を食糧として飼うわけでもあるまいし。玩具にするとしても彼が興奮しないんじゃ意味は無いはずだ。
顔を上げる。ヴィオ目を丸くして驚いていた。でも笑顔だった。初めて自分のことを聞いてくれたのが嬉しくてたまらないという表情だった。
「おれもね、ずっと分かんなかった!最初は全部埋めつくしたかったよ。リュナと初めて会って、優しくしてくれた時から。穴という穴に入り込んで、ひとつになりたかった!」
ただのセックスに随分と遠回しな表現をする。それにヤりたいだけならもういつだってできるだろうに。
優しくした覚えもなかった。相変わらず何を言っているのか分からない、不気味な少年。しかしリュナには逃げる気力もないから、話をただ聞くだけだ。
「だけどリュナは華奢だから、無理矢理したらきっと壊れちゃうでしょ?だから小さな人間になって、していいよって言われたらいいなって思った。
でも実際に会ったら、遠ざかった気がした。前みたいにな関係でいたくて、まずは話を聞いてほしかったけどそれもできなくて……薬で体を動けなくすれば聞いてくれるかなって思ったけど、だめだった」
さらりとひどいことを言う。善悪の区別なんて、罪人ばかりのここでは無いも同然だけど、それでも彼らとは違うと思う。彼らは悪であることを知った上で罪を犯す場合がほとんどなのに、ヴィオは善悪の区別すらついていないらしい。
「見たことない顔を見せてくれるのは嬉しかったよ。リュナの全部が好きだから。でもどうして仲良くできないんだろうって思ったら悲しくもなった。悲しいって寂しいとは少し違うんだね。胸が痛くなるのは同じだけど、寂しい時はゆっくり涙が流れて、悲しい時はぽろぽろ流れるって知った。
なんとかできないかなって思って、相談もした。今じゃアイツに話したことを後悔してる。あんなこと考えてるなんて知らなかったから」
珍しく鋭い口調になる。あいつとはきっとケリーののことだろう。嫌な映像がフラッシュバックしそうになったけれど、全てがもう終わるのだと考えたらどうでもよくなった。なのに体は震え涙が零れるのが不思議だった。彼は指でそれを救い舐めとった。「しょっぱい」と呟く。こっちは普通の味なのかと関係ないことを思った。
「その時に言われたのはね、自分の好きだって気持ちを伝えるといいんだって。初めて愛って言葉があるんだって知ったよ」
彼としては、犯したい人間をその気にさせいかに同意を取るかという下卑た意味でしか無いのだろうか、律儀にも彼はそれを真に受けていた。
パズルのように当てはまっていく。彼の不可解な行動。不気味に思っていた言葉。理解できるだけでとても共感はできないが。
「こんな風にしたいわけじゃなかったんだ。ひどくしたかったわけじゃない……」
ごめんねと言いながら、鬱血痕をなぞる。いわゆるキスマークだった。胸以外にも彼はたくさんの印をつけていた。
彼の執着に似た愛情が、どこから来るのか分からない。分かりかけているのかもしれないが、壊れかけた頭に判断力なんて残ってない。だから自然と、もう一度この言葉を口にしていた。
「いい……もう、好きにしていい」
この言葉に彼への好意はないかもしれない。
一瞬、彼は嬉しそうな顔をしたが、すぐに沈痛な面持ちになった。
「いいの?辛いかもしれないし、痛いかもしれない」
ヴィオは自分のことを考えた後に、こちらのことを想う。
「……今さらだ、そんなの」
リュナという存在は、このまま忘れられていくのだろう。自分の姿など誰も留めていない。思い出すとしたら、それは誰かを嗤いたい時だけだ。
だってそう言ってたじゃないか。姉さんも母さんも。どんな言葉だったっけ。そうだ。ちょうどいいと言われたんだ。誰かを見下して嘲笑いたい時に、お前という存在がちょうどいいのだと。影が薄く、マイナスな行動しかしない。その存在が痛々しいから、下に見て罵っても、罪悪感すら覚えないのだと。
結局、どれだけ足掻こうと前世と似た結末になる。持っている者はそのまま、何も無い自分みたいな奴は、誰かに何も残せないまま死んでいく。
「……どうして、リュナはそうなの?」
そんなの、こっちが聞きたい。どうしてもっと上手く立ち回れないんだろう。もっと綺麗に生きられないんだろう。誰からも好かれないんだろう。そんな思いをずっと抱えて生きてきた。生まれ変わって、今度こそはと思ったのに上手くできなかった。人間はそう簡単に変われない。期待するだけ無駄だった。
「……仕方ないだろ。僕は僕でしかないんだから」
涙がひと粒だけ零れる。彼がそっとすくう。
「そうじゃないよ。僕はリュナみたいに、リュナのことを否定しない。なのにリュナは、どうして自分のことを否定してばかりなの?ずっとそう聞きたかった」
何を言っているんだと思った。リュナは、自分を一番大事に扱ってきた。自分ほど我が身可愛さで罪を犯してきた人はいないだろうに。
「全部、お前のせいだろ」
少なくとも、彼が来なければ快適に生きていたはずなのだ。
吐き捨てるように言えば、首筋に思いっきり噛みつかれた。抵抗するつもりなんてないのに、ご丁寧に手首を掴みながら。思わぬ刺激に体が跳ねる。
顔を上げた彼の唇には血がついていた。どれだけ強く噛んだんだか。
「……この、クソガキ」
漏れ出た一言さえ、彼は耳ざとく聞きつける
「それ、どんな意味?」
「さぁね。僕だって初めて言ったよ。こんな乱暴な言葉」
それでも、どこかで聞いたことあるような気がした。誰が言ったかは思い出せないままだけど。
話しているうちに、視界を影が覆った。彼が手をかざしている。自分に対して魔法を使うのだとわかった。
この世界で魔力や魔法というものが、どの程度の力を持っているのか。リュナは詳しい設定を知らない。しかし、それは主人公だけが使える特権だ。きっと自分の存在など吹き飛ばしてしまえるのだろう。
ずっと、この瞬間を避けたがっていた。本能的な恐怖に体が強ばる。逃げ出してしまいたい。それと同時に、やっと終われるのだと思った。もう醜い自分と向き合わずに済む。世界の不条理を嘆かずに済む。
彼の手が額に触れる。早く終わらせて欲しいのに、撫でるような仕草を繰り返す。早く終わらせろという思いを込めて手首をぐっと握った。痕がつくだろうと思えるぐらいに強く。
「ぐ……っ」
頭が痛む。自分の体の内側からぎりぎりと何かがこじ開けられていく感覚があった。こじ開けられてできた隙間から、得体の知れない存在があふれだす。それは自分の臓物か血液か。分からないが、きっと生きていくために必要なものだ。そうでなければ、ここまでの痛みを伴わない。
「……ッ!」
激痛に体を跳ねさせる。大声を上げて叫びたかった。手足を振り回して暴れたかった。なのに四肢は上手く動かず、呻き声しか出ない。きっと彼がなんらかの制限をかけている。苦しい。痛い。やめて。
これ以上僕をこじ開けないで。
「ごめんね……ごめん……」
自分につられたのか、彼までが痛そうな顔をする。
「でも、助けるから。壊れてしまっても傍にいる。……壊れた方が、一緒にいられる。選ぶのは、リュナだけど」
こっちが口答えも何もできない状況で、さらりとひどいことを言う。壊れてしまったら選びようもないのに。
「ぅ……あ……っ」
痛みに呻いて彼の腕に爪を立てる。助けが欲しくて縋っているようだった。自分に痛みを与えているのは彼なのに。当の本人は力のこもった指先をうっとりと撫でる。
「ああ……おれが欲しかったのは、これだ。縋る相手がおれしかいなくて、わけが分からなくなって……リュナがおれだけを求めて泣いてくれること」
ヴィオを怖いと思うのに、とうとう声は出なくなった。
「おれは、きみの心も体も、全部埋めたかったんだ」
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