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第46話 過去

最初に浮かんだのは前世の名前だった。 僕は、吉永静和という。 リュナという名前と少し似ていると思った。生まれ変わっても、ほんの一欠片でいいから前世の自分ごと報われたかった。そんな浅ましさに気づいて、自分で自分を少し嗤った。 僕が生まれたのは、愛情の与え合えない家族のもとだった。 じゃあ、どうして愛情を与え合うのが家族だなんて知っていたんだろう。本やドラマで見たのか……違う。物心ついて、少しした時に知ったんだ。姉は、最初は優しかった気がするから。 ――――ほら、ジュース零してるよ!拭いたげる! ――――公園行こ!ぴかぴかの泥団子を作るの! そんな姉の言葉に、自分は「うん」とか「あう」とか適当な返事をする。 利発的で快活な姉、吉永和華に比べて、吉永静和は話し始めるのも遅く、何かにつけてよたよたと歩いていた記憶しかない。そんな自分の手を姉は優しく引いて、遊びに向かう。 母はその後ろを無言でついてくるのが常だっあ。黒目がちで大きな瞳を僕らに向ける。子どもの自主性を重んじて、でも安全にも気を張って……なんてタイプではなかった。それなら、どうして僕たち双子をあんな風に見つめていたのか。 あれは、自分たちを見定めていたんだ。どちらが自ら手塩にかけて育てるに相応しい子どもなのかを。 そして、僕は選ばれなかった。自分と母の関係性はそれだけだった。 母がいわゆる、よく神聖視されているような理想の母親像に当てはまらない人間だと知ったのは、幼稚園に通いはじめてしばらくたった頃だった。 その頃、静和は初めて親戚の家に預けられることになった。といっても、その地域の家族は近い建物にまとまっていた。都会から少し離れたベッドタウン。少し古びた団地。お金持ちの子でもない限り、だいたい皆そこに集まるのだ。 そこで、父がいないことを親戚に揶揄された。現代の離婚率を考えるに珍しくも何ともないが、そのからかいの背後には親戚連中の親がしていた口さがない噂があった。 「身勝手な人ではあるよね。子供の頃の夢をいつまでも捨てられない人」 「父親も誰か分からないらしいわ」 それは、昼寝の時間に囁かれる噂話だった。だいたい子供たちは寝静まったと思い込み、リビングに3人ほど集まって母の話をお茶請けにする。 「これは昔の話なんだけどね。大学生くらいの時かな?目を輝かせて語ってくれたわけよ。男をひとりずつ変えて子供を産む、いろんな遺伝子を組み合わせて、一番華のある容姿の子に夢を託すんだって」 「じゃああの子たちの父親は?」 「別れたんだって。妊娠が発覚した時に、そのことも告げずに」 「この前、その人のSNSを見たわ。そしたら別の人と結婚してた」 「絶対それが正解だわ。あの子、地味な顔して、絶対家庭には収まらない女だもん」 母は、無謀な作戦を実行できると信じられるくらいには、男ウケする容姿だったのだろ。ほとんど一緒にいることはなかったけれど。 覚えているのは、綺麗な身なりをしていたこと。流行りのコーデを新調することも忘れなかったこと。 それを、他の子はよく母からは化粧品の匂いがするのだと言ったが、静和にとっては違った。横に並んだ時、あるいはよたよたと歩きながら頑張ってその背に追いついた時の、甘い香水の香りしか知らない。顔が近づくほどに抱きしめられた記憶なんてものもなかった。 母にしてみても、これから計画してひとりずつ産んでいこうとしている最中に双子を身篭るなんて、冗談じゃなかっただろう。 エコー写真には、もうひとり子どもがいるなんて、文字通り影も形もなかったらしい。突然身も知らぬ我が子が生えてきたも同然だ。医者も首を傾げていたという。 気味が悪がっただろう。でもそれ以上に、彼女はひとり余分だと思ったんじゃないだろうか。ひとりずつなら、計算通りに次の、半分が別の遺伝子の子どもを作りに行ったのに。 だからあれほど冷静に、必死に子供たちを見極めていたんだ。ここで夢が受け継がれれば、試行錯誤の数は二にして成功になるから。そして、姉は実際に成功例だった。 静和は最初から余分な子で、いらないものだった。

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