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第57話 趣味

梶原依央と話していたから、帰宅時間がいつもより十五分ほどずれる。静和は閉館直前の図書館へ滑り込むようにして返却をし、新たな本を借りた。 カウンターにある、入ったばかりの新しい文庫本だった。今度映画になるらしい。家に帰ってページをめくってみたものの、普段は読まない恋愛もので、難しい漢字がたくさん並んでいた。十ページほど読んだら頭がくらくらしてきた。 社会人になってからというもの、静和は図書館へ行くようになった。 激務といえど自分はアルバイトの身。体裁やコストを天秤に載せた結果、社員の人たちより早く帰るように促されていた。 しかし趣味らしい趣味もなく、家に早く帰ったとしても時間が余る。ならば何に時間をかけようか。そんな時に目に入ったのは、駅からアパートまでの道にある小さな図書館だった。 難しい本は意味がわからない。分厚いと内容をすぐ忘れてしまう。だからいつも薄い文庫本を一冊だけ借りた。挿絵が多く、詩集と小説の間みたいな文章が並ぶ本だ。 静和が特に好きな描写は幻想的な、ファンタジー世界をテーマにしたものだった。この世界じゃない場所に行けるのはいい。布団に寝転んで微睡みながら読んでいると、時間に気づかないまま朝になり、仕事に行くことができた。やがて寝る間際に想像の世界で遊ぶようになる。その世界が夢に出てくることもある。そうして本を楽しむのが、趣味らしい趣味になった。 登場人物が多すぎてよく分からなくなった小説を布団の外にやる。自分に理解できた点といえば、ヒロインの相手が梶原依央に似ていることくらいか。これは明日返して、また別の本を借りにいこう。そう考えると心が軽くなり、健全な眠気に誘われた。 本一冊を読めなくても、馬鹿だと罵る人はここにいない。自分に何も課さずただ気まぐれにページを開く。それが静和が消費する日常の、唯一の救いだった。

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