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第58話 企画
梶原依央とは、すれ違う度に挨拶するくらいの仲になった。そう宣言したように、彼は僕のことをちゃんと見てくれている。自覚する度に揺れる気持ちは、そっと押さえ込んだ。今さら、誰かと関係を築けるとは思わなかったし、平坦で穏やかな日々の方が自分に合っていると静和は考えていた。
社内でとある企画が持ち上がったのは、そんな時だ。過渡期にある中小出版社は、ジャンルかかわらずあらゆるエンタメ業界に進出したいらしい。
そして、その手始めにと選んだのがゲーム業界だった。クオリティの高い大きな商品で業界に印象づけるか、小さな商品を乱発してじわじわと影響力を強めていくか。会社が選んだのは後者で、そのためには多くのゲームを出す必要があった。
その結果、部署問わずゲームの企画書コンテストを開催するという。少ない人数で、けれどインパクトのあるゲームをいくつか作りたい。それが上層部の要望だった。
雇用形態にかかわらず参加を認められるというのが、静和には嬉しかった。別に大賞をとって出世したいわけじゃない。ただ参加資格がある。それだけで、まてひとつ、自分の居場所の目印ができたような気がしたのだ。
といっても、静和はゲームに詳しいわけじゃなかった。ジャンルといっても何も思い浮かばない。ならばと、最近本を読んで、寝る前に夢想している世界を紙に表してみようと思った。
業務時間外使用の申請をして、会社のPCを借りて調べる。するとシナリオにイラストや音楽をつけ、プレイヤーに行動を選ばせることによって結末がかわるゲームがあるらしい。ビジュアルノベルと書かれていた。
これにしよう。そう考えて、世界観、登場人物、設定を思い浮かべてはパソコンのメモに書き込んだ。
コンセプトは、平和な日常の中での、心温まる交流。
せっかくなら、そこに暮らす全員が家族になっているといい。そうだ。前読んだ詩集の作者が確かそんな風に暮らしていた。修道院で、窓から見える日々の空を、風を、草花を詩に記した女性だった。
イメージを膨らませて書き始めたものの、静和には人目を惹く何かは作れない。共感を呼ぶ文章も書けない。世界をより詳細に思い描けば描くほど、その場所は閉じられた空間になっていった。
「……暗い話」
ネットの見様見真似で企画書を作り終えた後の一言が、それだった。しかし選ばれる予感も意思もないのだから、これでいい。資料をメッセージに添付し、静和は社内チャットへの送信ボタンを押した。
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