60 / 78

第60話 交友

次の日は土曜日だった。静和の場合、休日もやはり単調に過ごす。部屋を掃除して、一週間分のつくりおきをしておく。週末の唯一のイベントといえば、スーパーで食材を買うことくらいだろうか。特に低月給の身としては、特売日は譲れない。 その帰りだった。アパートの自室のドアの前に依央がいた。休日出勤でもしていたのか、服装は会社で見るものとあまり変わらなかった。 「ごめん!」 目が合うと、土下座で謝られた。たった一言では、静和には何を謝っているのか分からない。 「あんな……俺のアイディアにするなんて、絶対におかしい。阿掛さんにももう一回かけあって、すぐに吉永さんが責任者になれるようにする。許してほしいなんて言えないけど、せめて謝らせてほしい」 「……それを言うために待ってたの?いつ帰ってくるか分からないのに?」 返事は無言だった。肯定かもしれないし、静和が許すまで土下座し続けるつもりなのかもしれない。それは困る。こんな姿を近所の人に見られたら、どう言い訳すればいいのかも分からない。 「とりあえず……あがって?」 部屋に上げる。特に変わったところのない、狭い畳のワンルームだ。物はほとんどないが、ひとりで暮らすにはちょうどいい。 そんな部屋のどこが珍しいのか、梶原依央はきょろきょろしていた。しばらくして、目線が机の本で止まる。 「これ、詩集?」 「たぶん……」 会話が続かない。彼もそれを理解していて、会話を広げようと頑張ってくれる。その誠実さが逆に申し訳なかった。 「詩を読むのが好きなのか?」 「好きっていうか……暇つぶし」 「その隣のノートは?」 「メモっていうか、日記っていうか……僕、忘れっぽいから、思ったことを書いてるだけ」 ほとんどは分からない単語を調べた時のメモ書きだが、たまに、耐えられなくなって感情をぐちゃぐちゃに書きなぐってしまったこともある。見られたくないのを察してくれたのか、それ以上、梶原依央はノートについて聞きはしなかった。 その代わり、別の推測に行き着いたらしい。 「本を読んで、物語を想像するのが好き?」 「……たぶん」 本当に好きなのかは分からないが、逃避にはなった。 「じゃあ俺、やっぱり謝らないと……プライド持って創作してるのに悪いことした」 「ちょ、ちょっと待って」 プライドなんて、静和から一番遠い言葉では無いのか。彼の中で現実とまったく違う静和のイメージが出来上がってしまいそうだったので、急いで止めた。 「えっと……ここに来たのは、謝るため?」 「それ以外にないだろ。正直、吉永さんはもう、俺と話したくもないんだろうなって思ってたし」 「僕は……企画の、細かい設定とか、聞きに来てくれたのかなって、思って……」 本当にしてほしかったことを口にしたのは、久々かもしれない。梶原依央は驚いた顔をした後、とても嬉しそうに笑った。 「そっか。吉永さんは企画を形にすることを最優先にしたんだ……プライドを捨てても創ることを考えてるなんて……根っからのクリエイター気質なんだね」 ぼそぼそと考えを呟いた後で、梶原依央はひとり結論を出してしまった。 どうやら、彼の中での静和は、プライドをもって企画を創作し、けれど創作のためならプライドすら捨てられる、そんな立派なクリエイターになってしまっているらしい。 「……僕、そんなすごい人じゃないよ」 ただ自分の存在を認識して欲しかっただけ。人とかかかわればかかわるほど、自分はそこにいていいと思える。でも自分から誰かとかかわる勇気はない。そんな意気地無しの期待で企画書を提出しただけだ。 しかしそのことを上手く言葉にもできず、梶原依央があまりに嬉しそうだったため、はっきりと否定できなかった。 「俺、そういう人が好きなんだ。考え方とか価値観とか、俺にはないものを持ってて、その人しか作れない世界を作るんでしょ?そんな人に会えたらいいなって思ったから、大学の時からずっとエンタメ業界志望してた。「これは!」って人を見つけて、その人のための会社を立ち上げたいと思ってる」 そう言って、梶原依央は有名なコンテンツを何個か挙げる。 「そういうことなら……今回の企画立ち上げ、もいい経験になると思うし……やりなよ。僕は協力する形で力になれたら……」 「本当にそれでいいの?吉永さんは、自分が真ん中に立ちたいとは思ったことない? 「考えたことないけど……でも立てないよ。絶対」 「そんなことない!」 それから、梶原依央は脈略なく、恋人はいるかと聞いてきた。 静和には友達もいない。暇な時はもたもたと家のことをするくらいで、趣味も最近できた読書くらい。 こんなことを聞いてどうするんだろうと思いながら、「いない」と答える。 「そっか。ひとりの時間を大切にして創作するタイプか……」 またポジティブに捉えられてしまっているし。 「何かの真ん中に立つことが慣れないって言うならさ、まずは俺の真ん中に立ってよ。もちろん、趣味の邪魔はしないし」 意味がわからない。静和は首を傾げるばかりだった。 「友だちになろうってこと……本当は、もっと仲良くなれたらいいなって思ってるけど、まずは友だち」 すごいやつはちゃんとすごいと思われてスポットライトを浴びて欲しい。それが梶原依央の主張だった。そもそも自分は舞台に立ってすらいないが、水を差すようなことは言わない。 「……分かった、梶原くん」 「それじゃまだ同僚っぽくない?依央でいいよ」 静和は人を名前で呼んだことがほとんどなかった。だから口は上手く文字を形作れない。 「ま、その辺はおいおいか」 友だちと言っておきながら、今日はこれ以上無理に距離を詰めることはしないらしい。静和にとってはあまりにも慣れないことだらけで、けれど不思議と心地よかった。

ともだちにシェアしよう!