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第5話 ベランダ越しのお隣さんは眩しすぎる

side 涼太 配信を終えて、軽くストレッチ。 「ふぅ……疲れた」 配信って意外と体力使うんだよ。ほんと。 汗を拭いて、キッチンで麦茶を作る。のどを潤したら、夜風に当たりたくなってベランダへ。 カーテンを開けると、ひやりとした空気が頬をかすめた。 ……うん、気持ちいい。 観葉植物の葉がゆらゆら揺れて、まるで「おつかれ」って言ってくれてるみたい。 ぼーっと眺めてた、そのとき――。 ……ん? 隣、明かりついてる? いや、待て。 このマンション、隣はずっと空き部屋だったはず――。 そう思った瞬間、視界の端で“何か”が動いた。 「っ……!」 反射的に肩が跳ねる。 すると、ベランダの隙間から爽やかイケメンがひょっこり顔を出した。 「あ、こんばんは」 「っ!? うわっ!?」 麦茶がぐらっと揺れる。危ねぇ!こぼすとこだった! 「び、びっくりした……」 心臓がバクバク。夜風どころか、こっちの鼓動で熱くなってきた。 「あはは、ごめんごめん。先日引っ越してきました。また明日、改めて挨拶に伺うね。|日向《ひなた》っていいます。よろしく」 にこにこ笑うその顔――いや、まぶしい。 なんだこの人、発光してるのか? 「橘涼太です。よ、よろしく……」 声が裏返りそうになる。やばい。落ち着け俺。 妙にぎこちなく名乗る俺に、青年は自然体で笑った。 そして、ひなた……たぶんそう言ってたはず――が軽く会釈して、すっと部屋の中へ戻っていった。 ……なんか嵐みたいな登場だったな。 * 翌日、仕事から帰ってきたばかりの俺。 「疲れたー」と靴を脱いだその瞬間、チャイムの音。 「……え?」 ドアを開けると、昨日のまぶしい青年が立っていた。 「昨日は夜遅くてご挨拶できなかったので、改めまして。日向です、よろしく」 うわ、やっぱりイケメンだ……。 近くで見るとさらに整ってるし、なんか“良い香り”するんだけど。 「橘涼太です。……よろしく」 とりあえず名乗ったら、イケメンくんはにっこり笑う。 「……涼太くん、か」 「ん?」 「“涼太”っていい名前だよね」 「っ……あ、ありがとう」 小さな紙袋を差し出してきた。 「よかったら、これ……ちょっとした手土産」 袋の中には、見覚えのある有名店の焼き菓子。 ……うわ、できる男すぎる。 「おー、ありがとう。わざわざ悪いね」 「初めましての挨拶だから。そんなにかしこまらなくて大丈夫だよ」 「あ、ああ……うん」 え、なんだろうこの空気。距離感近くないか? かなり慣れてる感じするんだけど。 「あの、涼太くん」 「は、はいっ……!?」 また名前を呼ばれて、ドキッとた。 「なにその反応。可愛いんだけど」 「か、可愛いって言うな!」 反射的に叫んでしまった。 お願いだ、これ以上照れさせないでくれ……。 「いやいや、俺もう27だしな? 可愛いなんて歳じゃねぇから!」 俺の抗議もどこ吹く風。イケメンくんは楽しそうに笑ってる。 ……こいつ、絶対わざとだ。 「へぇ、27か。やっぱり年上だ」 「まぁな」 「じゃあ俺のことも、名前で呼んで。“瑞樹”って」 「え、急に?」 「だって“君”とか“あなた”とか、距離あるじゃん。ね? 瑞樹って呼んで」 そんなキラキラした笑顔で言うなよな。 「……わかったよ。瑞樹」 「お、いい感じ。はい、合格」 「なんのテストだよ」 「年上のくせに照れてるの、可愛いなーって思って」 「誰が照れてる!」 「ふふっ、図星~」 完全に転がされてる気がする。 「瑞樹はいくつなんだ?」 「俺? 23」 「若っ」 「たった4歳でしょ? その言い方、傷つくなぁ」 「そういう問題じゃ……」 「ねぇ、“夜”って普段も家にいる?」 急に距離が近い。 なんだこの人、会話のテンポが速すぎる。 「え、なんでそんなこと聞くの」 「引っ越してきた日も翌日も挨拶に来たのに留守だったからさ」 「あー……悪い、たまに夜間対応で出勤することもあるから」 「夜間対応? どんな仕事してるの?」 「設備管理。地味なやつだよ」 「へぇ、そうなんだ。でも全然地味じゃないよ」 さらっと褒めてくる。 まっすぐな目で言うから、冗談に聞こえない。 「じゃあさ……ちょっと相談してもいい?」 瑞樹の声が、さっきより少しだけ柔らかくなった。 そのトーンに、思わず喉が鳴る。 「相談?」 「うん。うちの引き戸がうまく閉まらなくてさ。隙間が空いちゃってて」 「あー、なるほど。それなら見てやろうか?」 「ほんと!? 助かる!」 屈託のない笑顔。 そんな顔されたら――心臓に悪い。 俺は工具箱を取りに戻り、ドライバーを数本手に取った。 「準備できたよ」 「じゃあ、お願い」 瑞樹が先に立って歩き出す。 その後ろ姿――やっぱり、なんか眩しい。

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