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第6話 隣の温度、ちょっぴり甘く
「お邪魔します」
「どうぞ」
隣の部屋に入った瞬間、ふわっと新しい香りが広がる。
ダンボールがいくつか残ってて、まだ生活感が薄い。
同じ間取りなのに、なんか全然違う。
リビングの端にある引き戸の前で、瑞樹が振り返る。
「ここなんだ」
試しに動かしてみると――最後のところでカチッと閉まらず、微妙な隙間が残ってしまう。
「あー……なるほど、これか……」
俺が屈んでレールを覗き込むと、瑞樹も隣にしゃがみ込んできた。
思ったより近い。視界の端に横顔が入ってきて、心臓が跳ねる。
「どう? 直せそう?」
「ああ、戸車がちょっとズレてるだけだな。調整すればすぐ」
ドライバーを取り出してネジを少しずつ締めていく。
作業に集中しようとするけど、すぐ隣からの視線がやたら気になる。
「へぇ、そうやって直すんだ」
興味津々に覗き込まれて、思わず手元がぶれそうになった。
その顔が近い。近すぎる。
「器用なんだね。涼太くんって」
「……っ」
吐息が耳にかかって、ぞくっとする。思わず手元がブレそうになった。
「……まあ、基本的なことだけど」
「俺、全然わかんないから尊敬する」
「そんな、大げさだって」
「いやいや、すごいよ。もし俺がやったら、絶対ドライバー落として終わるもん」
……例えが雑だけど、真剣に褒めてるらしい。
「それはさすがに……」
「マジで。この前も家具組み立てようとして、ネジ全部バラバラにしちゃったし」
「え、それマジでヤバくないか……?」
「ヤバいでしょ? 最終的に知り合いに泣きついた」
瑞樹が恥ずかしそうに笑う。その笑顔がまた――
……でも、瑞樹はこんな風に距離が近いのも、ただの男同士の会話だから気にしてないんだろう。変に意識してるのは、俺だけだ。
数分後。引き戸はスッと軽やかに閉まるようになった。
「よし、これで――」
立ち上がろうとした瞬間、足が痺れてバランスを崩した。
「うわっ……!」
「危ない!」
瑞樹の手が、俺の腕をしっかりと掴んでいる。その温度が服越しでもはっきりわかる。
「……大丈夫?」
心配そうな表情。でも、その顔がすぐ目の前にあって――
「う、うん……」
「……足、痺れた? 立てる?」
瑞樹の手が、腕から肩に移動する。
支えてくれてる。ただそれだけなのに、この手の温かさに変な意識をしてしまう。
「……いや、大丈夫」
そう言って離れようとしたけど、瑞樹の手がまだ肩に残ってる。
「本当に? 無理してない?」
瑞樹が下から覗き込むように見てくる。
「……本当に、大丈夫だって」
ようやく離れて、お互い立ち上がる。
でも、さっきの距離感が頭から離れない。
腕と肩に残る温度も、まだ消えない。
「ほ、ほら、これで閉まるよ」
話を逸らすように、引き戸をスライドさせる。
「本当だ、ちゃんと閉まる!」
瑞樹は子供みたいに何度も開け閉めしては、声を弾ませる。
「すごい! 完璧じゃん。涼太くん、マジで天才!」
「天才って……そこまで大げさな……」
「大げさじゃないって! 俺、本気で感動してる」
瑞樹がキラキラした目で見てくる。
「あ、ありがとう……」
照れて視線を逸らすと、瑞樹がくすっと笑った。
「涼太くん、照れてる?」
「て、照れてねーよ!」
「照れてるよ。顔赤いもん」
「赤くないって!」
「嘘つき」
瑞樹がニヤニヤしながら言う。もう、恥ずかしいって……!
「でも、マジでありがとう。俺じゃ絶対できなかった。何かお礼させてよ」
「お礼なんていらねぇって」
「んー……でも」
瑞樹が少し考え込んでから、パッと顔を上げた。
「じゃあさ、今度、ご飯でも行こうよ。お礼に奢るから」
「え……」
思わず固まる。まさか引っ越し挨拶からご飯に発展するとは。
「迷惑だった?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「じゃ、決まり! 都合のいい日、教えて」
にこっと笑って言い切る瑞樹。
あまりに自然体で、断るタイミングを完全に持っていかれた。
「……うん」
「やった。楽しみにしてる」
――楽しみ、か。
瑞樹にとっては、ただの隣人との食事。
でも俺は、なんでこんなにドキドキしてるんだろう。
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