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第8話 画面越しの彼と、隣の君と

side 瑞樹 今日も撮影に収録にと大忙し。 やっと帰宅して、ドアを閉めた瞬間、肩から力が抜けた。 メイクを落として、ゆるいパーカーに着替え、ソファに沈み込む。 テーブルの上には次のドラマの台本。 ……だけど、ページをめくっても全然頭に入ってこない。 「……はぁ」 現場じゃ絶対見せないため息。 家に帰ると、どうしても“素”が顔を出す。 気分転換にベランダへ出た。 夜風が気持ちよくて、遠くに光るビルの灯りがまぶしい。 手すりにもたれて台本を開くと、ちょっとだけ気分がマシになる。 「……『君を守りたい。たとえ世界を敵に回しても』……」 声に出してみた瞬間―― 「……え、なにそれ」 隣から声がした。 びくっとして振り向くと、ベランダの仕切り越しに涼太くんの影。 「涼太くん?」 「もしかして、プロポーズの練習?」 え……、今の聞かれてた!? 涼太くんは髪がちょっと濡れてて、シャワー上がりっぽい。 しかも無邪気な顔してるから余計に恥ずかしい。 「ちょっと……まさか、今の聞こえてたの?」 「いや、だって……めっちゃ響いてたし」 照れくさそうに笑う顔が、なんか可愛い。 ――いやいや、落ち着け俺。 「プロポーズじゃなくて、台本の台詞だよ」 「台詞? あ、瑞樹って演劇が趣味とか?」 「え、えっと……まあ、そんな感じ」 俳優だなんてバレたくない。 涼太くんは素のままでいられる相手だし。 ごまかすように笑うと、彼は首を傾げてきた。 「でも、めっちゃ本気っぽかったけど」 「本気……?」 「ああ、相手は確実に落ちるな」 ――真顔で言うな、そういうことを。 なんか今、心臓、変な音したんだけど。 「……いや、落ちないって」 「いや落ちるよ。俺だったら笑っちゃうけど」 「ちょ、笑うのかよ」 思わずツッコむと、涼太くんはくすっと笑って、猫みたいに首を傾げる。 「だってさ、“世界を敵に回す”ってスケールでかすぎじゃん。俺なら――」 「なら?」 「“近所トラブルなら任せて”」 「ははっ、それ頼もしいけど庶民的すぎるな」 「現実的でいいじゃん。世界より隣人問題の方が怖いしな」 「……確かに、そっちの方がリアルかも」 なんだこれ、くだらない会話なのに楽しい。 いつもなら気を張ってるのに、気づいたら笑ってる。 ――この人、変に飾らない。 その“普通さ”が、妙に心に残る。 「でも、ほんとすごいな。セリフ覚えるのって大変だろ?」 「まあ、慣れ……かな」 「慣れかぁ。俺、3行で忘れるよ」 そんな会話してるだけで、変に楽しくて、 現場で褒められるより心が軽くなる。 ……やばい、これ、癒されてる。 「今度また練習してたら拍手してやるから」 「それいらない。絶対やめて」 笑いながら台本を閉じる。 気づけば、あの忙しさも疲れも、どっか行ってた。 ――隣人って、もっと他人みたいなもんだと思ってたのに。 なんでこんなに近いんだろ。 ……ていうか、俺、今ちょっと顔、熱くない?

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