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第9話 その夢は、寝る前の配信が原因です

ベッドに沈みながら、スマホを開いた。 画面の中では、配信者“リョウ”がゆるいトーンで喋っている。 ――今日さ、ちょっと寒くなってきたよね。 みんな、ちゃんと布団かけてる? その声を聞くだけで、心臓の奥がふっと温かくなる。 リョウの声は、静かな夜にちょうどいい。 ――俺? 今はTシャツ。あ、でもこのままだと風邪ひくよな……? いや、今日は脱がないよ!? 誰か、毛布かけてくんないかな。 画面のコメント欄が一斉にざわめく。 『かけてあげたい!』『脱いで!』『毛布持ってく!』 笑わずにはいられない。 ほんと、リョウは人たらし……いや、詐欺師級だ。 ――……でも夜ってさ、誰かと話したくなる時、ない? その“間”が、やけに甘い。 さっきまでふざけてた空気が、ふっと大人っぽく変わる。 ――静かな部屋で、一人きりだとさ、なんか寂しいから―― 一瞬の沈黙。 リョウの呼吸が、マイク越しにかすかに聞こえる。 ――誰か側にいて欲しくなんだよね。 「……え? 俺に言ってる?」 自分で言っててなんだけど、そんなわけないし。 心の中で盛大にツッコミつつも、胸はじわっと熱くなる。 コメント欄は『分かる』『リョウくんで癒される』であふれている。 でも俺の脳内では、リョウの声だけが、独占状態だ。 ――寝る前に好きな人のこと、考えるのも悪くないよね。 なぜか自分ひとりに向けられた言葉みたいに感じる。 「……リョウ、会いたいな……」 イヤホンから流れる配信の声が、心地よくて。 仕事の疲れもあって、いつの間にか目がとろんとしてきた。 「リョウ……」 ふわっと意識が沈んで――気づけば、あたりがぼやけていく。 「……ひゅーが」 俺のハンドルネームを呼ばれて目を開ける。柔らかい布団に包まれて、隣には―― 「え!? ちょ……なんで……涼太くん!?」 「いや、俺、リョウだよ」 「は!?」 思わずベッドの上で大げさにのけぞる。 顔はなぜか涼太くん。でも声も仕草も、間違いなくリョウそのもの。 「な、何言って……」 ……これは、夢? うん、そうだ、夢なんだ。それならそれでいいか。 ただ、リョウの顔は知らないからといって、“隣の部屋の涼太くん”で変換されてる。 そのギャップに、思わずツッコミを入れた。 「混ざってる……俺の脳内どうなってんだよ」 「でも、これが瑞樹の中の“リョウ”だろ?」 さらっと言われて、思わず固まる。 「いやいや、顔、完全に隣の涼太くんじゃん」 「でも、瑞樹がそう想像したんだろ?」 「うっ……」 マジでこの夢、俺の脳が自由すぎる。 よりによって顔バレしてない配信者を“お隣さんで補完”って、どういう回路だよ。 リョウ(涼太顔)は、そんな俺の混乱なんて気にも留めず、ゆるく笑う。 「……で、ひゅーがはさ。俺に会いたいって言ってたよね?」 「まさか聞いて……」 「うん。ちゃんと聞こえてた」 「寝言監視システム……マジか……」 額に手を当てる俺を見て、リョウが声を立てて笑った。 その笑い方がまた、画面越しのあの“癒しボイス”そのままで、心臓に悪い。 「……でも、俺も嬉しかったよ」 「え?」 「“会いたい”って言われたの、なんかドキッとした」 その言葉に、息が止まる。 リョウ――というか顔は涼太くんなんだけど―― 抱きしめたい……。 「リョウ……!」 「うわっ……」 俺は思わず跳ね上がるようにリョウを抱きしめる。 「もう、幸せすぎる……」 「ちょっ……ひゅーが、そんなにグイグイ来るとドキドキするじゃん……」 リョウは照れながら、俺を抱きしめて返してくれる。 夢だと分かっていても、現実よりリアルで甘い時間。 「ねぇ、リョウ……いや、涼太くん顔のリョウ」 「なんだそれ」 「……このまま抱かせてくれない?」 心の中で何度もリピートしていたセリフを、つい口に出してしまった。 「え? 今これ、抱きついてんじゃん」 涼太顔のリョウは、キョトンとして見つめてくる。 「そうじゃなくて、いつもの配信みたいに……えっちなことしよう」 リョウは一瞬固まった。 「は?! えっ……? え、何言ってんだよ」 涼太顔のリョウは、耳まで赤くして目をそらす。 「照れるの可愛いなぁ。いいじゃん、今なら夢だし。夢なら何でもアリでしょ」 リョウが慌てて下がろうとして―― その動きに合わせて、俺も反射的に手を伸ばした。 「わっ!」 「リョウ、待って。あっ――!」 バランスを崩して、次の瞬間。 俺たちは、ふたりしてベッドにどさっと倒れ込んだ。 シーツの上で、息が絡む。 リョウの胸の上に倒れ込んでて、顔が――ほんとに、数センチ。 「……ひゅーが」 「……なに」 「重い。退いて」 それでも動けない。 息をするたびに、リョウの髪が俺の頬をくすぐる。 ほんのり良い匂いがして、脳がふわっと溶けそうになる。 「……無理だよ」

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