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第11話 朝ごはんと心の距離
side 涼太
いつもより少し遅く目を覚ました朝。
「今日は休みだし、ちゃんと朝ごはん作るか」
その前に――と思って、部屋に置いてあるポトスを持ち上げ、ベランダに出した。
葉っぱが陽光に透けてきらっと光る。
……うん、かわいい。ちょっと癒される。
「よし、これでOK」
冷蔵庫を開けて、卵とベーコンを取り出す。
コーヒーメーカーのスイッチを押し、湯気が立ちのぼるのを横目にフライパンを温めた。
ベーコンを並べると、じゅうっと音が弾けて、香ばしい匂いがキッチンいっぱいに広がる。
――うん、悪くない。
普段はトースト一枚で済ませるくせに、今日は少しだけ丁寧に。
ベーコン、目玉焼き、野菜スープも。
と、その時。
窓の外を見ると、さっきまでの晴天が嘘みたいに、ぽつぽつと雨が降り始めていた。
「え、ちょ、嘘だろ……さっきまで快晴だったじゃん!」
慌ててベランダへ。
ポトスが濡れないうちに中へ戻そうとしたその瞬間――
「……あっ、……おはよう、涼太くん」
仕切り越しに現れたのは、隣の部屋の住人・瑞樹。
……ただし、今朝の彼はいつもの“爽やかスマイル”とは真逆だった。
「……ん?」
寝癖、半分閉じた目、Tシャツのしわ。
顔は王子なのに、テンションは完全に“起きたての人間”だった。
「ご、ごめん……髪、やばいよね……」
慌てて頭を押さえるその仕草に、思わず笑ってしまう。
「いや、気にすんな。むしろ、そっちのほうが人間味ある」
「え、俺、普段どんだけ人間味ないの?」
「……言ってない言ってない!」
でも、確かに。
昨日まで見てた“完璧な瑞樹”じゃなくて、今目の前にいるのは、ただの“寝起きの人”。
「なんかいい匂いする。朝ごはん作ってるの?」
「ん。休みだから、ちょっと頑張ってる」
「へぇ、料理できるんだ……!」
「自炊しないと金かかるしな。それに作るの嫌いじゃないし」
「そっか、すごいな。俺なんてパンだけだよ? コンビニの」
「それだけ?」
「うん。コーヒーも切れてたしさ……」
……いや、それもう悲しいやつじゃん。
気づいたら、口が勝手に動いてた。
「……多めに作ったし、よかったら食う?」
「えっ、いいの!?」
ぱぁっと顔が輝く瑞樹。
その瞬間、反射的に“しまった”って思った。
瑞樹が俺の部屋に来る――マジで部屋大丈夫か?
「ちょ、ちょっと待ってな!」
慌てて部屋に駆け戻る。
テーブルの上の雑誌を重ね、ソファーの上のシャツを畳み、床に落ちてたリモコンをスライディング気味にテーブル下へ。
「……あっぶね」
で、ふと視線を上げると――
ベッドの上にちょこんと座る“くまのぬいぐるみ”。
……やば、これは言い訳きかねぇ。
数年前、推しの声優さんのグッズとして発売された限定くま。
見るたび癒されるけど、27歳男の部屋にくまのぬいぐるみは……なかなかの破壊力。
「……いや、まぁ、いっか。今さら取り繕っても遅いし」
観葉植物みたいなもんだしな。そう思った瞬間――
ピンポーン。
……来た。
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