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第12話 ジャージと目玉焼きと、仮面と素顔
ドアを開けると、そこには――
さっきよりちょっとだけ髪を整えた瑞樹が立ってた。
でもやっぱり首元ゆるゆるのTシャツに、ジャージのズボン。
「……おはよ、改めて」
「お、おう。どうぞ」
「うわ、やっぱり部屋綺麗だね」
「いや、普通だろ。てか五分前までバタバタだったし」
「五分でこの仕上がりはさすがだよ」
瑞樹が感心したように部屋を見回す。
観葉植物がいくつかあるだけの、シンプルな部屋。
「瑞樹の部屋は? ダンボールはあのまま?」
「うん。まだちゃんと人呼べる状態じゃないかな」
「まあ、今はそんなもんだろ」
そんなやりとりをしながら、テーブルに朝食を並べた。湯気がふわっと立ちのぼる。
「うわ、いい匂い……カフェみたい」
「大げさだって」
「いや、ほんとに。このまま写真撮っていい?」
「ダメ。食う前に冷めるだろ」
「じゃ、いただきます」
「いただきます」
一口食べた瑞樹が、目をまん丸にして俺を見る。
「……うまい、すげーうまい!」
「そんな大したことねぇよ。普通だって」
「普通じゃないよ。俺、こんなちゃんとした朝ごはん久しぶり」
嬉しそうに食べる姿を見てたら、作った甲斐があったなって思う。
ただの朝食なのに、褒められるたびに、なんだか体の奥がくすぐったい。
「なんか、奥さんが作ってくれた朝食って感じする」
「……は?」
この人、サラッと爆弾投げるのやめてほしい。
「瑞樹って、普段自炊しねぇの?」
「全然。料理できないから、いつもコンビニ弁当とか外食」
「もったいないな。料理楽しいのに」
「涼太くんが作ってくれるなら、毎日でも食べたいなぁ」
――箸が、止まる。
「いや、それは……無理だろ」
「あはは、冗談冗談。……でも時々ならいい?」
「え?」
「涼太くんが作ったごはん、また食べたい」
「……まぁいいけど」
「やった!」
瑞樹の笑顔、まぶしすぎる。朝の太陽より眩しい。
食べ終わって、ソファーでコーヒーを飲みながら瑞樹が植物を見ている。
「観葉植物って癒されるね。名前は?」
「ポトス。日光浴させると元気になる」
「ポトスかぁ……俺、植物すぐ枯らすタイプ」
「水あげすぎとか?」
「たぶん、愛が重いのかも」
「植物にまで重い愛って、なんだよ……」
思わず吹き出すと、瑞樹がちょっとむくれた顔をした。
「涼太くん、なんかいいな」
「え?」
「いや、料理も植物も……ちゃんと自分らしく生活してる感じする。俺とは真逆」
「そんなことねぇよ。瑞樹は素直だし優しいし……ちょっと不器用なとこも、俺は好きだけど」
そう言うと、瑞樹が一瞬黙り込んだ。
そしてカップを置き、ふいに顔を上げてじっと俺を見つめる。
「……どうした?」
「……ううん、なんでもない」
そう言いながら、瑞樹がゆっくり近づいてきた。
気づけば、手を伸ばせば触れそうな距離。
「瑞樹?」
「涼太くん」
名前を呼ばれただけで、心臓が跳ねた。
「俺――」
その瞬間、俺の目が髪の先に向いた。
「あ、なんかついてる」
思わず手を伸ばし、小さな糸くずを取る。
「……え?」
「ほら、取れた」
軽く笑って見せたら、瑞樹の顔が強張って、視線が泳いだ。
「……あ、ありがと」
「うん」
瑞樹は慌てて口元に手を当てた。
「あのっ、俺そろそろ帰るね!」
瑞樹が突然立ち上がった。
「え、もう?」
「うん、急に思い出した用事が……!
言葉を最後まで紡ぐ前に、瑞樹は玄関へと向かう。靴を履く手つきもどこかぎこちない。
「ごちそうさま! またね!」
軽く振り返り、慌ただしく言葉を投げて——
パタン、とドアが閉まる音が部屋に響いた。
「……なにあれ」
洗い物をしながら思わず笑ってしまう。
あんなに完璧な瑞樹が、糸くずひとつでテンパるなんて。
でも――あの照れた顔にドキッとした。
*
夜。
ベランダに出ると、瑞樹の部屋の明かりが見えた。
昨日より少し柔らかい光。けど今日は出てこない。
「……疲れてんのかな」
ちょっとだけ心配。
でも、また顔を見せてくれる気がして、なんだか嬉しい。
今日一日で知った瑞樹の“素”の顔。
それが頭から離れない。
完璧じゃない瑞樹の方が――
ずっと、気になる。
「……明日も、話せたらいいな」
小さく呟いて、部屋に戻った。
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