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第14話 交わらない世界
月曜の夜、仕事から帰った俺は、いつものように配信の準備をしていた。
……んだけど、どうにも集中できない。
瑞樹の正体を知ってから、頭の中がモヤモヤしている。
俳優だってさ。しかも大人気。
え、あの隣の瑞樹が? あの、ジャージ姿で目玉焼き食べてた瑞樹が?
「……そんなの、聞いてないっての」
あのちょっと気の抜けた笑顔が、テレビの中の“完璧な俳優”と同一人物だなんて、信じろって方が無理だ。
ため息をひとつついて、パソコンの前に座る。
そう、今からは“もうひとつの顔”の時間。
瑞樹がスターだろうが、俺の配信は俺の世界で生きてる。
マイクを繋ぎ、カメラの角度を微調整。
柔らかい照明。そして肌の輪郭はぼかす。いつもの“仕事モード”の始まりだ。
「……こんばんは、リョウです!」
コメント欄が一気に動き出す。
『待ってたー!』
『リョウくん今日も声が優しい!』
『癒し配信だー!』
その言葉に、自然と口角が上がる。
この瞬間だけは、俺が“誰かに必要とされてる”って感じられるから。
「今日はね、ちょっと色々あってさ。少し……気分が高ぶってて」
少しだけ低めに囁くように言ってみたら、コメント欄が一気にざわつく。
『え、今日の声エロい!』
『リョウくんどうしたの!?』
……さっきまで考えてた瑞樹の顔が、まだ頭に残ってるせいだ。
まったく、あいつのせいで調子狂う。
「……雑談なしで、始めちゃおうか」
マイクを近づけて、ささやくように声を落とすと、またコメントが一斉に流れ出す。
『耳が幸せ!』
『心臓止まった!』
「あはは、止まっちゃだめだって」
くすっと笑いながら、自分でもドキドキしているのを誤魔化した。
“リョウ”でいる時は、素直に甘くなれる。
“隣の涼太”では言えないようなことも、ここなら言える。
“俳優の日向瑞樹”も、“隣人の瑞樹”も関係ない。
この世界では、俺がリョウで、みんなが俺を見てくれてる。
……それでも、ふと考える。
もし瑞樹がこの配信を見ていたら、どんな顔をするんだろう。いや、絶対ありえないけど。
だって、俺たちは交わることのない世界にいるんだから。
カチャリ――ベルトの金具の音が鳴ると、コメント欄がまたざわつき、画面の向こうの反応が手に取るように伝わってくる。
『リョウくん、焦らさないでー!』
『もう待てない!』
思わず笑いながら、画面の向こうの反応を楽しむ。
「じゃあ今日はちょっとだけサービスして、玩具……使ってみようかな」
言い終わると、コメント欄がさらに盛り上がる。
『やばい!』
『ドキドキ止まらん!』
ああ、やっぱり俺は、リョウでいるこの時間が好きだ。
ほんの数分前まで、瑞樹のことを考えて胸を詰まらせていたのに――今は、別の熱に支配されていた。
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