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第15話 隣の君とコーヒーを

――水曜日。今日のライブ配信は無し。 部屋でだらだらと過ごしていたら、チャイムが鳴った。 思わず視線を向けると、モニターに映ったのは見覚えのある顔――瑞樹だった。 しかも、手には封筒を持っている。 「……え、瑞樹?」 ちょっと意外で、思わず声に出してしまう。 急いでドアを開けると、瑞樹がにこりと笑いながら立っていた。 「あ、涼太くん。お疲れ様」 「お疲れ様。どうした?」 「これ、うちのポストに入ってたんだけど、涼太くん宛だったから届けに来た」 封筒を見ると、確かに俺の名前が書いてある。 「ありがとう。わざわざ悪いな」 「いや別に、これくらい」 瑞樹が軽く笑う。その表情が、ちょっと疲れてるように見えた。 「……大丈夫か? なんか疲れてない?」 「え? あ、ちょっとね。今日も仕事が長引いて」 「そうなんだ。お疲れ」 「ありがとう」 そのまま帰すのもなんか悪い気がして、口が勝手に動いた。 「せっかくだし、上がってくか? コーヒーでも」 瑞樹が少し驚いた顔をする。 「え、いいの?」 「いいよ。郵便届けてもらったお礼もあるし」 そう言うと、ちょっと迷ったように視線を落とした瑞樹がふっと笑った。 「じゃあ、お邪魔します」 思わず意識してしまう。俳優だなんて嘘みたいに、普通の隣人だ。 瑞樹が部屋を見回しながら、ソファーに座る。 俺はキッチンでコーヒーを淹れる。 「砂糖とミルクは?」 「砂糖だけ、少しだけお願い」 「了解」 コーヒーを持ってリビングに戻ると、瑞樹が観葉植物を見ていた。 「はい、どうぞ」 「ありがとう」 コーヒーをテーブルに置いて、俺も隣に座る。 ――近い。 ソファーが二人掛けだから、思ったより距離が近い。肩が触れそうな距離。 瑞樹が一口飲んで、ホッとした表情を見せる。 「あ、美味しい」 「良かった」 しばらく二人で黙ってコーヒーを飲む。静かだけど、嫌な感じじゃない。 「涼太くんといると、なんか落ち着くんだよね」 瑞樹がぽつりと呟く。 「え?」 「いや、なんかここにいると、変に気を遣わなくていいっていうか」 その言葉に、胸が温かくなる。 「あの……瑞樹」 「ん?」 言おうかどうか迷ったけど、やっぱり聞いてみることにした。 「お前、俳優なんだろ?」 瑞樹の動きが止まる。コーヒーカップを持ったまま、固まってる。 「……知ってたの?」 「妹の玲奈が教えてくれた。超有名な人だって」 瑞樹が少し困った顔をする。 「……ごめん、隠してて」 「謝らなくていいよ。きっと理由があるんだろ?」 瑞樹がホッとした表情を見せる。 「ありがとう……実はさ、仕事だといつも完璧でいなきゃいけないんだ。笑顔も、気の利いた言葉も、全部作ってる感じで」 「へぇ……」 「でも涼太くんの前だと自然でいられる。素の自分でいられるっていうか」 「素の?」 「うん。普通に接してくれるから。俺のこと、“日向瑞樹”としてじゃなく、瑞樹として見てくれる」 ……確かに、この人は隣の瑞樹だ。テレビで見る俳優の日向瑞樹じゃない。 「そうかもな」 「だから……これからも普通に接してくれる?」 瑞樹が少し不安そうにこちらを見つめる。その表情が、いつもより幼く見える。 「もちろん。瑞樹は瑞樹じゃん」 その言葉に、瑞樹の顔がパッと明るくなる。 「ありがとう、涼太くん」 瑞樹の笑顔を見て、胸がぎゅっとなる。 「あ、瑞樹に一つだけお願いがあるんだけど」 「ん?」 「妹の玲奈が、サイン欲しがってるんだけど……」 「サイン? 全然いいよ」 瑞樹が嬉しそうに笑う。 「ありがとう、玲奈、喜ぶと思う」 「玲奈さんっていうんだ。綺麗な名前だね」 瑞樹が妹の名前を覚えてくれたことに、ちょっと嬉しくなる。 そんな会話をしてると、瑞樹の視線がベッドの方に向く。 ベッドの上に置いてあるくまのぬいぐるみ。 瑞樹がじっとそれを見つめている。 「どうかした?」 「あ、ううん。なんでもない」 瑞樹が慌てて首を振る。 でも、その後もちらちらとぬいぐるみの方を見てる。 「瑞樹?」 ……やっぱり27の独身男がくまのぬいぐるみ、って引かれたのかな。 でも、瑞樹も俺の前なら素の自分を出せるって言ってくれた。 だったら俺も、瑞樹の前ではありのままでいいんじゃないか。 ぬいぐるみがあったって、観葉植物を育ててたって。

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