16 / 20
第16話 柔らかい光の中で
瑞樹がくまのぬいぐるみを手に取る。
「これ、けっこう可愛いじゃん」
「ちょっ……丁寧に扱えよ、それ期間限定なんだから」
思わず照れ隠しに言ってしまう。
「期間限定? へぇ、すごいね。大事にしてるんだ」
瑞樹がぬいぐるみの頭を優しく撫でる。
「この子、名前あるの?」
「え……いや、特にねぇけど……」
照れながら答える俺に、瑞樹がニコッと笑う。
「じゃあ、名前つけてあげなよ。せっかく大事にしてるんだし」
「名前……ねぇ」
瑞樹は無邪気にぬいぐるみの手足をちょいちょい動かしながら、「可愛いなぁ」と呟く。
その姿は完璧な俳優じゃなくて――ただの23歳の青年で。
「……瑞樹って、意外と子供っぽいとこあるんだな」
「え? そうかな」
「うん。なんか、安心する」
その言葉に、瑞樹が笑った。
「えー、子供扱いしないでよ」
ふと立ち上がろうとした瑞樹が壁のスイッチに手を当ててしまい、間接照明がふわりと点灯。
部屋全体が柔らかい光に包まれて、思わず固まる。
「……ふはっ、なんか雰囲気出ちゃったね」
瑞樹が気まずそうに笑う。
「……そうだな」
目を逸らして答えるけど、心臓がバクバクしてる。
この照明の下だと、瑞樹の横顔がやけに綺麗に見える。
「あ、消す?」
「いや……このままでも」
「……涼太くん」
「ん?」
「今日、来てよかった。こうして話せて」
その言葉に、胸がドキドキする。
「俺も……」
素直に答えると、瑞樹が少し照れたように笑った。
しばらく見つめ合う。
瑞樹の瞳が、照明の光を反射してキラキラしてる。
このまま時間が止まればいいのに、なんて思ってしまう。
でも、こんな風にドキドキしてるのは、俺だけ。
「よし、じゃあ、今日はこの辺で」
瑞樹が軽やかに言って、そっとドアの方へ向かう。
俺は立ち上がり、視線をドアに送ったまま、なんとなく言葉をかけられずにいる。
瑞樹がドアノブに手をかけ、振り返る。
「コーヒーご馳走さま」
「……また、いつでも」
「本当?」
「ああ、瑞樹が来たいときに、来て」
瑞樹の顔がパッと明るくなる。
「ありがとう。じゃあ、また来るね。……楽しみにしてる」
最後の言葉が、やけに甘く聞こえた。
瑞樹はにこりと笑い、ドアを静かに閉めた。
一人になって、俺はベッドに腰かける。
さっき瑞樹が触ってたぬいぐるみを見る。
間接照明の柔らかい光と、瑞樹の笑顔が頭に浮かぶ。
「……マジで、ドキドキした」
自分でも苦笑しながら、ベッドに寝転がって、天井を見つめる。
瑞樹が俳優だって知って、最初はちょっと距離を感じた。
でも、今日の話を聞いて――むしろ、もっと近くなれた気がする。
お互い、何かを隠しながら生きてる。
瑞樹は俳優としての顔。
俺は配信者としての顔。
でも、こうして二人でいるときは、素の自分でいられる。
「……似てるのかもな、俺たち」
そう思いながら、瑞樹の笑顔を思い出す。
間接照明の下での、あの距離感。見つめ合った時間。
また来るって言ってたな……楽しみにしてるって。
でも、瑞樹にとっては、ただの隣人との会話だ。
俺だけが、一方的にドキドキしてる。
「……切ないな」
好きになっちゃいけない相手を、好きになってしまった。
それでも――また会いたい。
また、あの笑顔が見たい。
そんな気持ちを抱えたまま、俺は眠りについた。
ともだちにシェアしよう!

