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第20話 隣の俳優さんとの約束のディナー
side 涼太
金曜の夕方。仕事を終えて部屋に戻ると、スマホに瑞樹からのメッセージが入っていた。
“今日、約束のご飯行こう。19時に迎えに行くね”
「……えっ!?」
思わず声が出る。
そうだ、だいぶ前に扉を直してもらったお礼に、瑞樹がご飯に誘ってくれたんだった。
週末は空いてるって言ったの覚えてたのか。
……てっきり社交辞令かと思ってたのに、本当に誘ってくれるなんて。
「マジか……どうしよう、何着ようか……」
慌ててクローゼットを開ける。
Tシャツ? いや、カジュアルすぎる? でもかっちりしすぎも変だし……。
「落ち着け俺! デートじゃないし。……デート、じゃないよな?」
結局15分も悩んで、白シャツに黒パンツ。シンプルだけど、変じゃないはず。
鏡の前で髪を整え、何度も角度を変えて確認する。
「……アクセサリーはえっと……香水は……」
お気に入りの香水を軽くつけて、やっぱり多いかもと思って拭き取って――
その時、玄関のチャイムが鳴った。
「うあっ!?」
思わず変な声が出た。時計を見ると、19時ちょうど。
「やば、も、もう!?」
最後にもう一度鏡をチェック。大丈夫、たぶん大丈夫。
ドアを開けると、瑞樹が立っていた。黒いパーカーにキャップ、マスク姿。でもそれだけで雰囲気がかっこよすぎる。
「準備できてる? ……おっ、いい感じじゃん」
「え、マジで?」
「うん。涼太くん、オシャレだね」
「いや、別に普通だし。瑞樹が言うなって」
顔が一気に熱くなる。瑞樹が楽しそうに笑った。
「そう? じゃあ、行こうか」
マンションのエントランスを出て、駅に向かって歩く。
「あ、そうだ……こうやって出かけて大丈夫なのか? 周りに”日向瑞樹だ”ってバレたりしない?」
「このくらいなら大丈夫。安心して」
瑞樹は周囲を気にしながらも、自然に俺の隣を歩いてくれる。
「今日、仕事どうだった?」
「まあまあ。トラブルもなかったしね」
「よかった。涼太くん、いつも頑張ってるもんな」
「そんなことないけどね……」
照れて俯くと、瑞樹が笑った。
「かわいいなあ」
「は? か、かわいくねーよ! 俺、27だし!」
「27でもかわいいものはかわいい」
「……っ」
もう限界。顔が爆発しそうだ。
人通りが多い場所を通ると、瑞樹が自然と俺の肩に手を添えてくれた。
「こっちね」
「ああ……」
その手の温もりに、ドキドキが止まらない。
お店は駅から少し離れた、隠れ家的な和食屋だった。瑞樹が予約してくれていたらしく、すぐに個室に案内された。
「おぉ、いい感じ」
落ち着いた雰囲気の部屋。テーブルには季節の花が飾られていて、照明も柔らかい。
「気に入った?」
「あぁ、こんなお店、初めて来た」
「よかった。ここ、俺のお気に入りなんだ」
瑞樹がマスクを外す。その顔を間近で見て、俺は改めてドキッとした。
やっぱり、かっこいいな……。
「……涼太くん、さっきからじっと見てるけど」
「え、あ、見てない! 見てないから!」
「嘘つき」
瑞樹がニヤニヤしながら言う。もう、恥ずかしいじゃん……。
メニューを見て注文する。瑞樹がお酒を頼むので、俺も日本酒を注文した。
「涼太くん、お酒飲める?」
「うん、まあまあかな」
「酔ったらどうなるタイプ?」
「そんなに酔うまでは飲まないから、わかんないな……」
「なるほど。じゃあ、今日は俺がちゃんと見てるから、安心して飲んでいいよ」
「……っ」
その言葉に、また心臓が跳ねた。
料理が運ばれてきて、乾杯。
「お疲れ様」
「お疲れ様」
グラスが軽く触れ合う音。瑞樹の笑顔が近すぎて、胸がドキドキする。
「……美味しい」
「でしょ? ここの料理、本当に美味しいんだよ」
「瑞樹、よくここ来んの?」
「たまにね。でもプライベートで来るのは久しぶりかも」
「ふうん……」
「仕事の打ち上げばっかりだったから。こうして誰かとゆっくりご飯食べるの、いいね」
瑞樹がしみじみ言う。
料理を食べながら、色々な話をした。仕事のこと、趣味のこと、最近見たドラマのこと。
「涼太くん、休みの日って何してるの?」
「えっと……まったり家で過ごしてるかな。映画見たり、音楽聴いたり」
配信してることは絶対に言えない。
「そっか。涼太くんは“推し”とかいる?」
「今は特定の人は……」
「じゃあ、俺のファンになってよ」
「えっ!? うっ……げほっ……」
急に言われて、思わず咳き込む。
「だ、大丈夫!?」
「大丈夫……」
水を飲んで落ち着く。でも、心臓はバクバクだ。
……ファンっていうか、もう、好きになってるっつーの……
「急に何言うんだよ……」
「だって、涼太くん、俺のドラマとか見てくれてるだろ?」
「それは……最近は見てるけど……」
「なら、ファンってことで」
小さく頷くと、瑞樹が嬉しそうに笑った。
会話が弾んで、気づけば時間はあっという間に過ぎていた。
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