20 / 20

第20話 隣の俳優さんとの約束のディナー

side 涼太 金曜の夕方。仕事を終えて部屋に戻ると、スマホに瑞樹からのメッセージが入っていた。 “今日、約束のご飯行こう。19時に迎えに行くね” 「……えっ!?」 思わず声が出る。 そうだ、だいぶ前に扉を直してもらったお礼に、瑞樹がご飯に誘ってくれたんだった。 週末は空いてるって言ったの覚えてたのか。 ……てっきり社交辞令かと思ってたのに、本当に誘ってくれるなんて。 「マジか……どうしよう、何着ようか……」 慌ててクローゼットを開ける。 Tシャツ? いや、カジュアルすぎる? でもかっちりしすぎも変だし……。 「落ち着け俺! デートじゃないし。……デート、じゃないよな?」 結局15分も悩んで、白シャツに黒パンツ。シンプルだけど、変じゃないはず。 鏡の前で髪を整え、何度も角度を変えて確認する。 「……アクセサリーはえっと……香水は……」 お気に入りの香水を軽くつけて、やっぱり多いかもと思って拭き取って―― その時、玄関のチャイムが鳴った。 「うあっ!?」 思わず変な声が出た。時計を見ると、19時ちょうど。 「やば、も、もう!?」 最後にもう一度鏡をチェック。大丈夫、たぶん大丈夫。 ドアを開けると、瑞樹が立っていた。黒いパーカーにキャップ、マスク姿。でもそれだけで雰囲気がかっこよすぎる。 「準備できてる? ……おっ、いい感じじゃん」 「え、マジで?」 「うん。涼太くん、オシャレだね」 「いや、別に普通だし。瑞樹が言うなって」 顔が一気に熱くなる。瑞樹が楽しそうに笑った。 「そう? じゃあ、行こうか」 マンションのエントランスを出て、駅に向かって歩く。 「あ、そうだ……こうやって出かけて大丈夫なのか? 周りに”日向瑞樹だ”ってバレたりしない?」 「このくらいなら大丈夫。安心して」 瑞樹は周囲を気にしながらも、自然に俺の隣を歩いてくれる。 「今日、仕事どうだった?」 「まあまあ。トラブルもなかったしね」 「よかった。涼太くん、いつも頑張ってるもんな」 「そんなことないけどね……」 照れて俯くと、瑞樹が笑った。 「かわいいなあ」 「は? か、かわいくねーよ! 俺、27だし!」 「27でもかわいいものはかわいい」 「……っ」 もう限界。顔が爆発しそうだ。 人通りが多い場所を通ると、瑞樹が自然と俺の肩に手を添えてくれた。 「こっちね」 「ああ……」 その手の温もりに、ドキドキが止まらない。 お店は駅から少し離れた、隠れ家的な和食屋だった。瑞樹が予約してくれていたらしく、すぐに個室に案内された。 「おぉ、いい感じ」 落ち着いた雰囲気の部屋。テーブルには季節の花が飾られていて、照明も柔らかい。 「気に入った?」 「あぁ、こんなお店、初めて来た」 「よかった。ここ、俺のお気に入りなんだ」 瑞樹がマスクを外す。その顔を間近で見て、俺は改めてドキッとした。 やっぱり、かっこいいな……。 「……涼太くん、さっきからじっと見てるけど」 「え、あ、見てない! 見てないから!」 「嘘つき」 瑞樹がニヤニヤしながら言う。もう、恥ずかしいじゃん……。 メニューを見て注文する。瑞樹がお酒を頼むので、俺も日本酒を注文した。 「涼太くん、お酒飲める?」 「うん、まあまあかな」 「酔ったらどうなるタイプ?」 「そんなに酔うまでは飲まないから、わかんないな……」 「なるほど。じゃあ、今日は俺がちゃんと見てるから、安心して飲んでいいよ」 「……っ」 その言葉に、また心臓が跳ねた。 料理が運ばれてきて、乾杯。 「お疲れ様」 「お疲れ様」 グラスが軽く触れ合う音。瑞樹の笑顔が近すぎて、胸がドキドキする。 「……美味しい」 「でしょ? ここの料理、本当に美味しいんだよ」 「瑞樹、よくここ来んの?」 「たまにね。でもプライベートで来るのは久しぶりかも」 「ふうん……」 「仕事の打ち上げばっかりだったから。こうして誰かとゆっくりご飯食べるの、いいね」 瑞樹がしみじみ言う。 料理を食べながら、色々な話をした。仕事のこと、趣味のこと、最近見たドラマのこと。 「涼太くん、休みの日って何してるの?」 「えっと……まったり家で過ごしてるかな。映画見たり、音楽聴いたり」 配信してることは絶対に言えない。 「そっか。涼太くんは“推し”とかいる?」 「今は特定の人は……」 「じゃあ、俺のファンになってよ」 「えっ!? うっ……げほっ……」 急に言われて、思わず咳き込む。 「だ、大丈夫!?」 「大丈夫……」 水を飲んで落ち着く。でも、心臓はバクバクだ。 ……ファンっていうか、もう、好きになってるっつーの…… 「急に何言うんだよ……」 「だって、涼太くん、俺のドラマとか見てくれてるだろ?」 「それは……最近は見てるけど……」 「なら、ファンってことで」 小さく頷くと、瑞樹が嬉しそうに笑った。 会話が弾んで、気づけば時間はあっという間に過ぎていた。

ともだちにシェアしよう!