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第29話 隣の俳優に恋してます
仕事を終えて帰宅した俺は、シャワーを浴びてソファに沈み込んだ。
「……疲れた……」
設備管理って地味にハードなんだよな。足も腰もガチガチ。
リモコンを手に、なんとなくテレビをつけると――
「あ」
画面いっぱいに映るのは、スーツ姿の瑞樹。
真剣な顔で誰かに何かを言ってる。
まじか……今日、ドラマの放送日だったっけ。
「……すげぇ……」
つい見入ってしまう。
隣の部屋に住んでる“あの瑞樹”とは全然違う。
俳優・日向瑞樹、完全モードだ。
声のトーン、目の動き、全部計算されてるのに自然。
「……かっこよすぎだろ」
しかも今日は恋愛ドラマ。
相手の女優さんに微笑んで、額を撫でる瑞樹。
「……っ」
思わずリモコンをぎゅっと握った。
その仕草、俺にもやったよな?
……え、待って、やったよな?
昨日、ベッドで――
「うわぁぁぁ……」
慌ててクッションで顔を覆う。
……なのに続く展開はまさかのベッドシーン。
「おいおいおい、やめろ!」
テレビ相手に叫んでも止まるわけがない。
優しく抱きしめて、キスして――
俺以外にそんな顔すんなよ。
「……あ、違う、俺以外って何だ」
ひとりでジタバタしてる自分が情けなくなって、リモコンでテレビをプチッと消した。
部屋が静かになって、代わりに心臓の音がやたら響く。
「……ヤキモチって、マジか俺」
ヤバいな、と思いつつスマホを開く。
瑞樹からメッセージ。
“今日、ドラマ見てる?”
「うわ……タイミング……!」
返信に迷いながらも、
“見てた。かっこよかった”
って送るのがやっとだった。数秒で返信。
“マジで? うれしい”
その瞬間、チャイムが鳴った。
「え……」
インターホンを見ると、瑞樹。
「俺だよ、涼太くん」
心臓が跳ねる。
慌ててドアを開けると、白シャツにキャップ姿の瑞樹が笑って立ってた。
「こんばんは」
「お、おう……どうしたの?」
「んー? 会いたくなっちゃって」
会いたくなった、ってお前……
「入ってもいい?」
「あ、うん」
部屋に入るなり、瑞樹は靴を脱ぎながら軽く伸びをする。
「ドラマ、見てくれたんでしょ?」
「み、見たけど……」
「どーだった?」
「……かっこよかった」
「そっか。ありがと」
瑞樹がにこっと笑う。
……その笑顔、ドラマのより破壊力あるんだが。
「でも……」
「ん?」
「……あのシーン、ちょっと」
ぽそっと呟くと、瑞樹が目を細めた。
「え? 何?」
「なんでもねぇよ」
反論しようとしたけど、瑞樹がそのまま近づいてきた。
「大丈夫。あれは仕事だよ」
「は? わ、わかってるって」
「ヤキモチ焼く涼太くん、可愛い」
声が低くて優しくて、ドラマの瑞樹とは全然違う“素の声”。
心臓が跳ねた。
ああもう、完全に負けた。
「……とりあえず、飯食わね?」
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