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第31話 びしょ濡れ俳優、うちに来る

翌朝。 目が覚めたとき、外は雨だった。 窓を叩く雨音が、やけにうるさい。 昨夜のことを思い出して、思わず枕に顔を埋める。 ――好きな人がいるくせに、俺にちょっかい出すなよ。 思わず枕を投げた。 天井に当たって、ボフッと落ちてくる。 それを拾って、また顔に押し当てる。 「……最低だな、俺。超最低」 でも、仕方ないだろ。期待させておいて、好きな人がいるとか言うなよ。 俺だって、傷ついたんだからな。 スマホを見ると、メッセージはなかった。 「……だよな。そりゃそうだよな」 当たり前か。あれだけ冷たく言ったんだから。 もう二度と連絡来ないかもな。 「はぁ……」 ベッドから起き上がって、リビングに向かう。 キッチンに立つと、昨日瑞樹が洗ってくれた食器が水切りカゴに並んでいた。 ――俺、何やってんだろ。 溜息をついて、コーヒーを淹れる。 包帯を巻かれた指が、ズキッと痛んだ。 その時、インターホンが鳴った。 ピンポーン。 こんな朝早くに、誰だ? ドアスコープを覗くと――瑞樹が立っていた。 びしょ濡れで、震えている。 「……は?」 慌ててドアを開けると、雨に打たれた瑞樹が立っていた。 「何やってんだよ、お前!」 瑞樹が紙袋を差し出してきた。 「朝ごはん買いに行ってきた。サンドイッチとコーヒー」 「……いらねぇよ」 「食べてないでしょ。指、痛むだろうし」 それが余計に腹立たしくて、でも――嬉しくて。 「……ありがとう」 小さく呟いて、紙袋を受け取った。 「……話、させて」 「わかったから、とにかく早く入れ。風邪引くだろ」 瑞樹の腕を掴んで、中に引っ張り込む。 ドアを閉めた瞬間、玄関に水たまりができた。 「ちょ、待ってろ、タオル持ってくる!」 慌てて洗面所に走って、バスタオルを2枚持ってくる。 「ほら」 タオルを渡すと、瑞樹が小さく「ありがとう」と呟いた。 その声が、いつもと違う。弱々しい。 「傘、持ってなかったのかよ」 「……忘れた」 「っていうか、なんでこんな雨の中来たんだよ」 「……涼太くんに、どうしても話したくて」 瑞樹が、俺を見上げる。 濡れた前髪の隙間から覗く瞳が、いつもより真剣で――ドキッとした。 「バカ……」 呆れながらも、もう一枚のタオルで瑞樹の髪を拭く。 距離が、近い。でも、気にしてる場合じゃない。 「服、着替えないと。風呂入るか?」 「……ううん、大丈夫」 「大丈夫じゃねーよ」 瑞樹の肩を掴むと、身体が震えているのがわかった。 「とりあえず、リビング行くぞ。暖房つける」 瑞樹をリビングに連れて行って、ソファに座らせる。 暖房を最大にして、ブランケットをかけた。 「……ありがとう」 小さな声。 いつもの余裕は、どこにもない。 「で? 何の話だよ」 少し冷たく聞くと、瑞樹がビクッと肩を震わせた。 「……昨日のこと」 「もういいよ、そんなの」 「良くない!」 突然、瑞樹が叫んだ。 「涼太くん、誤解してる!」 「誤解……?」 「俺が好きな人――」 瑞樹が、俺の目をまっすぐ見つめる。 濡れた前髪の隙間から覗く瞳が、真剣で。 「涼太くんなんだよ」 時が、止まった。

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