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第一章 冬 * 第一話 過ち
忘れもしない。あの頃、二人はまだ十六歳。若い熱を持て余す、高校一年の冬だった。
「でさ~、先週の日曜日? 初エッチしたんだとよ」
「……へー」
クラスメイトの猥談で盛り上がる瞬介に気のない返事を返すのは、幼馴染の七瀬。水島瞬介と宮野七瀬は、物心つく頃からの幼馴染であった。
「なぁ、聞いてんのかよ? 前の席の田中がさぁ、」
「聞いてる。隣のクラスの高橋さんと付き合ってんだろ」
「なーんだ、ちゃんと聞いてんじゃん。それ、何やってんの?」
「ナンプレ」
「そーいうの好きだよな。楽しい?」
「ばあちゃんが懸賞目当てで買ってくるけど、いっつも最後まで続かねぇから……」
七瀬は母と祖母との三人暮らし。対する瞬介は父との二人暮らしだ。そういったところも──後から考えてみれば、という話だが──二人が気の合う仲になった要因かもしれない。
「んでさぁ、西高行った渡辺な? こないだ駅で会ったんだけど、あいつも最近、初めての彼女ができたって、すンげぇ浮かれててさ」
「……これは難問だな」
「なぁ~、聞いてんのかよ?」
瞬介は、七瀬の解いていたパズル雑誌を取り上げた。七瀬はむっと眉根を寄せる。
「邪魔すんな」
「お前ね、ひとン家来てやることがそれ? こっちが一生懸命話してるってのに」
「んな話聞かされてどうしろってんだ。他人の色恋なんざ興味ねぇ」
「ふーん。自分の色恋にも興味ねぇくせに」
「あンだと」
「だってそーだろ。お前、今まで彼女の一人もできたことねぇじゃん」
「言えた口かよ。てめぇこそ、彼女なんかいたことねぇくせに」
七瀬がゆらりと立ち上がる。瞬介はびしっと指を立てた。
「そう! そこなんだよ、俺が心配してんのは!」
「……ああ?」
振り上げた拳を下ろす先を見失い、雑誌を奪い返すことも忘れて、七瀬は瞬介のいるベッドの上へ腰掛けた。
「周りは彼女とキスだエッチだやってんのに、俺達と来たらこの歳になっても男同士でつるんでバカやってるだけで、確実に出遅れてるだろ。彼女の一人もいたことねぇ、悲しい童貞が二匹だぞ? 悲しくねぇか」
「……お前と一緒にすんじゃねぇ。おれは、告白されたことなら……」
「ハイハイ、その強がりもういいから。告白されただけで、付き合ってはねぇんだろ? んなのノーカンだろ。大体な、告白なら俺だってされたことあるし。つか、クラスじゃ結構モテんだろ? どうよ、お前の目から見て」
「けど、結局誰とも付き合ってねぇ。同じことだろ」
「そうなんだよなぁ~、それなんだよ。なんかなぁ、“コレ”って子がいねぇんだよなぁ~。ブサイクばっかってわけでもねぇんだけど、俺ってば理想が高いのかねぇ」
「おれが知るかよ。つーか、この時間が何なんだよ。これこそ、男同士でバカやってるくだらねぇ時間だろうが」
「そこで、賢いボクは考えました」
「何がボクだ。気持ちわりぃな」
「いざって時のために、練習しとかねぇ?」
「…………」
何を言っているのか分からない。そう言いたげに、七瀬は目を丸くした。その目が鋭く殺気立つよりも素早く、瞬介は七瀬をベッドに押し倒した。馬乗りになって組み敷くと、七瀬は瞬介を下から睨みつけてきた。
「てめぇ、どういうつもりだ」
「今言ったじゃん? お互い、いつかは彼女ができるだろ? そん時、右も左も分からねぇ童貞じゃ、カッコわりぃし? だから、今のうちに練習しとこーぜってこと。お互いにな? 俺達、恋愛のれの字も知らねぇ初心者だもんな? ちょっとくらい試しておかねぇと、いざって時に困るんじゃねぇかなって。いやマジで」
「…………」
七瀬は口を噤んで顔を背ける。無言を同意と受け取った瞬介は、七瀬の首筋に唇を這わせた。
「ちょっとしょっぺぇ。暖房暑すぎた?」
「っせぇ。黙ってやれ」
そう言われても、そこは童貞。ぎこちない手付きで、セーターをたくし上げる。日を浴びていない、白い肌にくらっと来た。気づけばしゃぶり付いていた。
「んっ……」
七瀬がぴくりと反応する。薄い腹筋が引き攣れていた。
「てめ……吸うな、っ」
「なーに、この程度でビビッてんのかよ。だっせー」
「ン、くそが……練習じゃ、ねぇのかよ」
「練習よ~? 練習練習。女とする時も、こーいうのするだろ。知らねぇけど」
「マンガからの知識だろうが……っ」
女のそれとは似ても似つかない、男の薄く固い胸。七瀬のそこに、瞬介は赤ん坊のようにしゃぶり付いた。尖り立った乳首を口に含み、舌で転がす。指先で弄ぶ。七瀬の体はおもしろいように跳ねる。
「乳首って、男でも気持ちいいもんなんだ。それとも、女はもっと乱れんの?」
「んなの、おれが知るかっ……」
この後、どうしたらいいのだったか。確か、アソコを指で弄ってあげるはずだが、男も女と同じ具合でいいのだろうか? 童貞の瞬介にとり、諸々刺激が強すぎる。理性が本能に駆逐され、興奮に支配されつつあった。
履いていたズボンごと、七瀬の下着をずり下ろした。露わになるのは、飽きるほど目にしたことのある、男の体。ただ、性器が僅かばかり芯を持っている。水遊びや入浴で何度も目にしたはずの体が、初めて知るもののように思えた。
自然と手が伸びていた。紛うことなき男の象徴であるそれを、軽く握って上下に擦る。七瀬は当惑の表情を浮かべつつ、ビクンと背を仰け反らせた。
「なっ、んで、んなとこ……っ!」
「女のクリトリスと男のチンポって、元は同じもんだって聞いたことあるぜ」
「だからって、なんでっ……!」
手の中で徐々に固くなる。粘り気のある透明な液体が滲み出る。それを掌に撫で付けながら、リズムよく扱いた。
「やめ、もっ、いっちまう……!」
「イけって。そのためにやってんだから」
「やっ、ぁ……っ、瞬介……!」
「イけよ、七瀬。俺の手でイけ」
「やめっ、やっ……っく、ンンン゛────ッッ!!」
切れ切れに喘いでいた七瀬が、ぐっと声を噛み殺す。かと思えば、全身をビクビク痙攣させて、大量の白濁を飛ばした。根元から握って精液を搾り出してやると、七瀬は声もなく身悶えた。
もはや、瞬介を止めるものは何もない。邪魔な服は脱ぎ捨てて、七瀬の両足を掴んで引き寄せ、衝動のままに突き進んだ。
「い゛ぅっっ」
濁った悲鳴が鼓膜をつんざいたことで、少しだけ冷静さを取り戻す。
「わり、痛かった?」
七瀬は左右に首を振る。噛みしめた唇から血が出ていた。
いきり立った瞬介のものは、七瀬の中に半分ほど埋まった状態だ。見るだけで毒になるような光景を前に、立ち止まることなどできなかった。瞬介は、意識してゆっくりと腰を進める。ようやく全てが収まった時、七瀬もようやく息をついた。瞬介も安堵の息を漏らし、安堵感から頬が緩んだ。
「は、ははっ……案外、入るもんだな。男のケツって、こんな感じかぁ」
「っ、ん……」
「う、動くぜ?」
緩く腰を引き、奥へ押し込む。抜いては挿し、抜いては挿し、その繰り返しだ。やり方はこれで合っているのか、いまいち自信はなかったが、こうするのが一番気持ちよかった。
「はあっ、はっ……すげぇこれ、俺いま、童貞卒業したんだ。これが、俺の初エッチかぁ」
他に比較対象がないため、瞬介には知る由もないことだが、ローションも何も使っていない七瀬の中は、少々滑らかさに欠けていた。しかし、その締め付けは、おそらく今後経験するどんな女の体よりも、瞬介を満足させるものだった。
「お前もさ、これが初めてだろ? 初エッチで、処女卒業? だよな? お前ン中、すっげぇうねって吸い付いてくる。マジですっげぇ気持ちいい、よ」
高揚感からか、ついべらべらと喋ってしまう。律動はだんだん早く、挿入は深くなる。この先にある快楽を追い求めて、身勝手に腰を振りたくる。繋がった場所から、淫らな水音が響く。腰を打ち付ける、生々しい音が響く。七瀬はきつく目を瞑り、瞬介の揺さぶりに耐えている。
「なぁ、な、お前はどうなの? こっち向けよ。気持ちいならさ、声とか出して?」
黒々とした睫毛が、ゆるりと持ち上がる。覗いた瞳は濡れていた。ぱっちりとした瞳いっぱいに、瞬介の姿が揺れていた。
艶のある唇がゆるりと開く。真っ赤な舌が覗いている。吸い寄せられるように、瞬介が顔を近づけると、七瀬の手が口元を覆った。指先まで熱を持っていた。
「練習、だろ」
「……」
キスを拒まれたのだと、はっきり分かった。瞬介はもう何も言わず、ガツガツと腰を打ち付けた。自分本位に腰を振り、届く限りの最奥で、出せる限りの精液をぶち撒けた。
七瀬の胎内に、瞬介の子種が満ちている。その温もりが、七瀬を通じて感じられるようだった。
「……やっぱり、クソ下手だったな」
行為後、七瀬はぽそりと呟いた。諸々の始末を瞬介が終え、換気をしている最中のことだ。吹き込む風は冷たいのに、火照った体を少しも冷ましはしなかった。腰が痛いと言って、七瀬はベッドから一歩も動かなかった。
「やっぱり、クソ童貞だった」
「おいこら、言わせておけば」
「だからまぁ、いいぜ」
ずいぶんな言い草に再び襲いかかろうとした瞬介だったが、七瀬の穏やかな笑みに勢いを削がれる。
「少しの間、練習台になってやっても」
「…………」
七瀬が、あまりにも穏やかに笑うから、何も言えなかった。練習台などと、言い出したのは瞬介の方なのに、それを否定する言葉の一つも浮かばなかった。
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