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第3話 夜道×水たまり

駆け込んでくる人影を見た瞬間、全身が震える。 血の気が引き、羞恥で呼吸が荒くなっていく。 「───ッ、テメェ!」 大きく開いた瞳に映る、金髪の祐。 眉間に皺を寄せ、みるみる眼が尖っていく。 雄叫びを上げ、駆け寄った玲音に掴みかかる。振り上げる拳。スッと頭を避ける玲音。靡く長い横髪を掠めれば──逆に顔面を喰らってしまう。 「……」 やめて…… 後ろに蹌踉け、吹き出た鼻血で濡れる顔面。 グイとその鮮血を拭うと、すぐさま玲音に飛び掛かる。 ……やめて…… これ以上、祐を傷つけないで……! 肉を叩きつける、鈍い音。 祐の呻き声。 耐えきれず、取っ組み合う二人から目を逸らす。 「……やめ、て……」 何とか声を絞り出す。 だけど、二人に届く筈もなく。 「もう、やめて……」 シーツをギュッと掴み、瞼を強く閉じる。 目尻から零れる涙。 どうする事もできなくて、ただこの状況を耐えるしかなかった。 カタン、 金属の擦れる不快な音がした後、冷たい風が吹き込む。 外灯の光が斜めに差し、床に倒れて気絶した玲音の姿を晒す。綺麗な顔が台無しになる程腫れ上がり、血に塗れていて、思わず目を背ける。 「しっかり、掴んでろよ」 「……ん」 大きくて、温かな背中。 おぶされた後渡された錆びたビニール傘を差すと、祐がゆっくりと外に出る。 いつの間にか降り出した霧雨。 静かな夜道。殆ど外灯はなく、街がどこにあるのか検討もつかない。 「……やっぱり、歩こうか?」 祐の方が、酷い怪我をしてるのに。立つのもやっとの筈なのに。 僕なんかのために…… 「大丈夫。この先の大通りに出れば、タクシー拾える筈だから」 既に水たまりが出来ているらしい。祐が歩く度にパシャパシャと水の音がする。 「祐」 「ん?」 「来てくれて、ありがと」 温もりを確かめるように、絡めた腕に力を籠める。差した傘を、落とさないように。 「……でも、どうしてここが解ったの?」 「解んなかったよ。直ぐには」 「え……」 「black-Fairiesのアジトは幾つもあるから、片っ端から探してた」 優しさの中に混じる、憤りのような声。 「それに今朝、教えてくれたんだ。black-Fairiesのメンバーから、六代目の就任式が昨日あったって」 朝──祐に駆け寄った不良達の光景が頭に浮かぶ。 「あの玲音って奴が、言ってたらしい。『もし六代目総長になったら、柚を俺のものにする』って。……その、人伝に聞いてて、知ってたからさ。その前に、カタを付けたかったんだけど──」 「……」 「守れなくて、ごめん」 ううん…… ちゃんと、守ってくれたよ。 サラサラと降る雨の中、祐の声が心地良く響く。 ゆさゆさと揺れる身体。 祐の、優しい匂い。 「……あのね、祐」 唇を小さく動かし、声にならない声を紡ぐ。 「だいすき、だよ……」

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