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第8話 お前たち人間は
坂道を立ち漕ぎで走る。
置いてってやろうとしたが、後ろの荷物を乗せる場所がずんっと重くなった。振り返るとミチが着地したような体勢で乗っかっている。彼(彼女?)はそのまま危なげなくチャリの上に立つと、髪を押さえながら景色を楽しむ。
「いい風だ。心地いいな。この星は」
「危ないぞ」
運動神経が軽く人間以上だと知り、いきなり唇を奪われた俺の機嫌は直った。自分でもチョロいと思うが、俺のロマンを肯定してくれるこの生物に、惹かれていく。ゆっくりと。
「おーい。山道に入るからせめて座っとけ。枝で頭ぶつけるぞ」
「優しいんだな。ほとりは。さっきの生物がお前に好意的なわけだ」
「おぶっ」
やめろ。可愛斗は家政婦が欲しいだけだ。
背中に体温を感じる。一瞬だけ目を向けると胡坐をかいて俺にもたれていた。どんだけくつろぐんだチャリの上で。
「運転手にもたれるな。もっと労われ。下手すると横転するぞ」
「なに。転倒しても俺が拾ってやる。無傷でな」
こいつからすれば自転車のスピードなど大したものではないのだろうが、危ないことはやめてほしい。怪我してほしくない。
(……? なんで俺はこいつのこと、気にかけてんだ?)
地獄の登坂を終えると、自転車の車輪は自然と回転速度を上げる。下り坂でやっと足が楽になった俺はふうと息を吐いた。
普段より重い自転車は、シャーッと風を切っていく。
「はは。楽しいな」
「そう? ミチからすれば遅いんじゃない?」
「いやいや。地上すれすれを走っている方が、どれだけ速度が出ているか、分かりやすくて楽しい。ほとりは運転が上手いのだな」
「……」
そういえばミチは墜落させていたな。
なにがあっても後ろのやつにハンドルを握らせないと心に決める。
「ねえ」
「ん?」
「……ミチがどっからきたとか、聞かない方が良い?」
「俺の故郷の星か? 説明がめんどいからパスしてくれると助かる」
確かに。俺も地球を説明してくださいとか言われても、何から言えばいいのか分からん困る。
「オッケ」
「素晴らしいコミュニケーション力だ。いや、気遣い力かな? 話してて楽しいぞ」
「会話が、通じるのが楽しいってこと? 翻訳機あるんだろ?」
「んー……。そうではなくて、だな。他者を気遣ってくれるだろう? お前たち人間は。当然のように。それが心地いいのだ。その温かさが忘れられずに、地球にちょくちょく訪れてしまう宇宙人もいるくらいだ」
ちょ、ちょちょちょっと? またさらっとすごいこと言った。
ギョッとして叫んでしまう。
「そんなに宇宙人きてるの⁉」
「……あれ? 知らんのか? お前たち人間は、宇宙人だとバレても気付かないフリしてくれると評判良いぞ?」
気づかないフリしてんじゃなくて気づいてないんだよソレ、多分。
「なんか意外かも。人間って、創作物とかではよく悪役として描かれるから」
「……」
返事がない。相槌もない。寝たのかなと思い振り返ると、ミチはドン引きしていた。引き攣った顔と目が合う。すぐに前を向いてハンドルを切った。枝葉に埋もれて役目を果たせていないカーブミラーを通り過ぎ、右に曲がる。
「なんで引いてるの?」
「なんで自分たちを悪く描くのだ? 人間は、ドMなのか?」
「ドMって言うな! なんでそんな言葉知って……叩き割れその翻訳機!」
我が家が見えてくる。
徐々に速度を落とし、池の横に自転車を停止させた。
ふう。
「着いたよ。降りて」
「楽しかった」
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