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第10話 雨を眺めている

♢  夕方から降り始めた雨を、飽きもせず眺めている。やはり水が好きなのか。窓辺に肘をついているミチの背中をたまに見つつ、俺はキーボードを叩く。  せっかく未知との邂逅を果たしたのだ。日記に残しておこうと思う。昆布茶をすすりながら頬杖をつく。 「お邪魔しまーす‼ ほとりー。入るぞ」  玄関の方がどたどたとやかましい。お茶でキーボードを濡らすところだった。口を手の甲で拭う。 「この声は……」  立ち上がる前に見慣れた顔が現れた。同い年の友人、可愛斗(きゅうと)だ。  にこにこ笑顔で近寄ってくる。 「ほっとりー……あっ、まだいるのかよテメ」  ミチはちらっと振り向いたが、可愛斗だと知ると雨に視線を戻す。水〉〉〉〉人間のようだ。可愛斗は拳を振り上げてガオーと怒る。 「無視かコノヤロー」 「うるさい。用件を言え」  ほっぺを引っ張ってやると、構われたのが嬉しいのかわんこのようにくっついてきた。こいつずっと駐輪場で倒れていたのかとちょっと心配になる。 「身体冷やしてないか? 何してたんだ?」  肩についた水滴を払ってやると、狼狽えたように可愛斗の頬が染まった。 「お、おう。平気だって。お前の家遠いから、飯食ってから行こうとしたら。今の今まで寝てただけだ」  満腹になると眠くなるのは分かる。俺はパソコンの画面を切り替えた。適当に動画を流す。日記読まれて「なにこれ」と言われても説明できない。 「ほとりー。飯食ったか? 俺にも作ってくれよ。今は腹いっぱいだからいいけど」  可愛斗がじゃれてくる。こんな大型犬を飼った覚えはない。好きにさせていたら首筋に唇を押し当てられる。  肘で顔を押しやった。 「あでででで! 凹む! 顔が凹む!」 「鳥肌立っただろうが! 何してくれてんだ。池に落とすぞお前」 「まだ俺のこと好きなんだろ? 素直になれって」  わんこが飛び掛かってきた。床に背中から倒れる。重いんじゃ。 「どけオラァ‼」 「きゃうん!」  横に転がって放り投げると、犬のような声を出して可愛斗は転がった。すぐさま起き上がる。 「んだよ。痛いじゃん! 前は優しかったのに」 「優しくしたくなくなったんだよお前バカだから!」 「ひでえよー」  掴み合いしているとふと、ミチが視界に入った。急に部屋で暴れ出した人間に怖がっているような引いているような顔色だ。可愛斗の足を払って転ばせた。 「ぎゅん!」 「ごめん。ミチ。騒がしくして」 「いや……。ほとりの家なんだから、好きにすればいい」 「ほとり。そいつにばかり構うなよ!」  可愛斗が飛び掛かってくるのでミチを盾にした。  ぎゅうっ。 「……」 「……」  思いっきり銀髪美形に抱きついてしまった可愛斗はよろよろと離れると、さあぁと顔色を悪くしてからへたり込んだ。流れるような動きだった。  俺はぐっと親指を立てる。 「ナイス盾」 「仲、良いんだな」  半笑いでミチが呆れている。まあ悪くはないよ。好きでもないけど。 「ひどい……。イケメンに抱きついちまった。ひぐっ、責任取れよほとりぃ」  蹲ったまま泣いている。窓から放り出したら駄目かな。  足で可愛斗を部屋の隅に寄せると、パソコンの前に座る。見ないなら動画消しておこう。  シャットダウンしようとすると、ミチが横に座った。  画面をつついてくる。 「どした? 調べたいものでもある?」 「この板はテレビのように、遠くの映像を流せないのか? 海とか、湖とか、滝とか」  全国の滝見ツアーとかに連れてってやりたいな。 「見れるんじゃないかな? 色んなものがアップされてるし。待ってね」  海 景色 滝 水音。適当な文字を打ち込んでいく。どういうわけか俺にもたれてくる銀髪と、背中にもたれかかって画面を覗いてくる可愛斗。 「重い。邪魔」  可愛斗がミチを肘でつつく。 「ほら。言われてるぞ。イケメン野郎」 「ああ。俺か。すまない」 「てめーに言ったんだよ可愛斗」 「なんでだよ!」  俺の胴に腕を回してしがみついてくる。宇宙人さんへ。アブダクトしてこいつを銀河の彼方に持って行ってください。こき使ってもいいです。

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