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第17話 視線ハエトリグサ

 青と白のパラソルの下にシートを広げて荷物を置く。ミチが肩を回していた。 「流石にきつかった?」 「なにが?」 「あー。これこれ」  感動しているとミチが本格的に身体を解す体操をし始める。 「スライムも足吊るの?」 「様式美だ」 「俺、荷物見てるから。いってらっしゃい」  シートに座りながら手を振ると、ミチが振り返った。俺の前でしゃがむ。三つ編みで短くなっているとはいえ、毛先が砂につくぞ。 「まだ辛いのか?」 「いやいや。荷物番がいるだろ?」 「荷物はじっとしていると思うぞ? 風で飛んでいく重さじゃないし……ああ。盗まれるのを気にしているのか」 「そうでーす」 「盗まれるとレーザーを撃つ小型ドローンでも置いておこうか? 母船に置きっぱなしだが、呼べば一分で来る」 「観光地に宇宙兵器を持ってくるな。いいから行け。海にダイブしてこい」  しっしっとイケメンを追い払う。  ミチは名残惜しそうな顔をしたが、立ち上がると水平線に向かって爆走した。我慢してたんじゃないか。人を跳ね飛ばすなよ。  俺はせっかくなのでごろりと横になる。パラソルと青い空。たまに近くを通り過ぎる人だけが視界に映る。悪くない気分だ。 「っと、そうだ」  今のうちに日焼け止めを塗っておくか。鞄のポケットに雑に押し込んだ気がする。  焦る必要もないためのんびりと。  汗を拭ってから白い液を肌に伸ばしていると、周囲の音が極端に減った。 (?)  人の声や所作、砂を踏む音が混ざり合い、文字通りざわざわと鼓膜を叩いていたBGMがしぼんでいく。もしかしたら鮫でも出たのかと顔を上げると、その理由は一目で判明した。  ミチだ。  泳ぎ終えたのか、まっすぐ歩いてくる。しかもイケメンの最強装備、水を纏って。  水も滴るいい男とはこのことかと、見慣れている俺でも脳が溶けたことを考えてしまった。  泳いでいる際に脱げたのか、パーカーを引きずっている。視線を独り占めして。  パラソルの下に入ってくると、前髪をかき上げた。 「イクチオサウルスが見当たらないんだが。ほとり。何か知らないか?」 「……」  すでに滅んでらっしゃると思います。 「一通り、この星のデータは見たんじゃないのかよ」 「半分以上は流し読みしたがな」  そっか。そりゃ膨大な量だろうしな。 「イルカとか鮫ならいるんじゃない?」 「そりゃ残念だ」  ため息をつきながらミチは腰を下ろす。近くに居た人たちが覗き込んでくるが、俺は知らんぷりをした。 「何をしている」 「は? ……ああ。日焼け止め。ミチこそ、もういいの? もっと泳いできなよ」 「イクチオがいないなら寂しいからいい。ほとり。一緒に泳ごう。浮き輪につかまっているだけでいいぞ。俺が引っ張るから」 「……」  ミチ、あれだな。寂しがり屋さんなんだな。一人だと寂しくて戻ってきたわけか。  頭を撫でかけたが、ミニミチではないので自重した。まだ四方八方から視線がすごいし。 「ちょっと待ってね。日焼け止め塗ってしまうから」 「それを塗るとなにかあるのか?」 「今日いい天気でしょ?」  空を指差すと、ミチは素直に視線でそれを追いかける。 「ああ」 「俺たちは日光で火傷するから。皮膚を守るお薬、みたいな?」 「……そこまでして、海についてきてくれたのか? 俺、知らなくて。お前になんということを……」  ミチが青ざめている。 「そんな顔するなって! これを塗っておけばいいの」  励ますように腕を叩く。  日焼け止めを引っ手繰られた。 「貸せ。俺が塗ってやる。塗り残しがあれば死ぬんだろう⁉」  そこまでではない。  でも。 「背中お願い」 「おう」  シャツを脱ごうとして、手を止めた。  ビキニのお姉さんやバケツを持った幼女。麦わら帽子を被ったマダムなどが覗いており、流石に脱げなかった。露出の多い女性たちに、カーっと頬が染まる。  どうでもいいが女性に囲まれると、とてもいい香りがした。 「あ、あの! 気まずいので見ないで!」  人を散らすように腕を振ると、女性陣はハッとしたようだった。「まだ見たいなー」と言いたげな表情で、でも素直に去っていってくれる。幼女はお父さんに手を引かれていった。 「ほっ……」 「なんだかやけに見られるな。宇宙人がそれほど珍しいか」 「ミチね? 適当に変身したんだろうけど、人間基準でかなりイケメンになっちゃってるから」 「ふーん」  死ぬほど興味無さそうだ。俺ももし、万が一、何かあってスライムに変身してイケメンですと言われても、こんな反応になるだろうな。 「いいから脱げ」 「はいよ」

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