17 / 27
第17話 視線ハエトリグサ
青と白のパラソルの下にシートを広げて荷物を置く。ミチが肩を回していた。
「流石にきつかった?」
「なにが?」
「あー。これこれ」
感動しているとミチが本格的に身体を解す体操をし始める。
「スライムも足吊るの?」
「様式美だ」
「俺、荷物見てるから。いってらっしゃい」
シートに座りながら手を振ると、ミチが振り返った。俺の前でしゃがむ。三つ編みで短くなっているとはいえ、毛先が砂につくぞ。
「まだ辛いのか?」
「いやいや。荷物番がいるだろ?」
「荷物はじっとしていると思うぞ? 風で飛んでいく重さじゃないし……ああ。盗まれるのを気にしているのか」
「そうでーす」
「盗まれるとレーザーを撃つ小型ドローンでも置いておこうか? 母船に置きっぱなしだが、呼べば一分で来る」
「観光地に宇宙兵器を持ってくるな。いいから行け。海にダイブしてこい」
しっしっとイケメンを追い払う。
ミチは名残惜しそうな顔をしたが、立ち上がると水平線に向かって爆走した。我慢してたんじゃないか。人を跳ね飛ばすなよ。
俺はせっかくなのでごろりと横になる。パラソルと青い空。たまに近くを通り過ぎる人だけが視界に映る。悪くない気分だ。
「っと、そうだ」
今のうちに日焼け止めを塗っておくか。鞄のポケットに雑に押し込んだ気がする。
焦る必要もないためのんびりと。
汗を拭ってから白い液を肌に伸ばしていると、周囲の音が極端に減った。
(?)
人の声や所作、砂を踏む音が混ざり合い、文字通りざわざわと鼓膜を叩いていたBGMがしぼんでいく。もしかしたら鮫でも出たのかと顔を上げると、その理由は一目で判明した。
ミチだ。
泳ぎ終えたのか、まっすぐ歩いてくる。しかもイケメンの最強装備、水を纏って。
水も滴るいい男とはこのことかと、見慣れている俺でも脳が溶けたことを考えてしまった。
泳いでいる際に脱げたのか、パーカーを引きずっている。視線を独り占めして。
パラソルの下に入ってくると、前髪をかき上げた。
「イクチオサウルスが見当たらないんだが。ほとり。何か知らないか?」
「……」
すでに滅んでらっしゃると思います。
「一通り、この星のデータは見たんじゃないのかよ」
「半分以上は流し読みしたがな」
そっか。そりゃ膨大な量だろうしな。
「イルカとか鮫ならいるんじゃない?」
「そりゃ残念だ」
ため息をつきながらミチは腰を下ろす。近くに居た人たちが覗き込んでくるが、俺は知らんぷりをした。
「何をしている」
「は? ……ああ。日焼け止め。ミチこそ、もういいの? もっと泳いできなよ」
「イクチオがいないなら寂しいからいい。ほとり。一緒に泳ごう。浮き輪につかまっているだけでいいぞ。俺が引っ張るから」
「……」
ミチ、あれだな。寂しがり屋さんなんだな。一人だと寂しくて戻ってきたわけか。
頭を撫でかけたが、ミニミチではないので自重した。まだ四方八方から視線がすごいし。
「ちょっと待ってね。日焼け止め塗ってしまうから」
「それを塗るとなにかあるのか?」
「今日いい天気でしょ?」
空を指差すと、ミチは素直に視線でそれを追いかける。
「ああ」
「俺たちは日光で火傷するから。皮膚を守るお薬、みたいな?」
「……そこまでして、海についてきてくれたのか? 俺、知らなくて。お前になんということを……」
ミチが青ざめている。
「そんな顔するなって! これを塗っておけばいいの」
励ますように腕を叩く。
日焼け止めを引っ手繰られた。
「貸せ。俺が塗ってやる。塗り残しがあれば死ぬんだろう⁉」
そこまでではない。
でも。
「背中お願い」
「おう」
シャツを脱ごうとして、手を止めた。
ビキニのお姉さんやバケツを持った幼女。麦わら帽子を被ったマダムなどが覗いており、流石に脱げなかった。露出の多い女性たちに、カーっと頬が染まる。
どうでもいいが女性に囲まれると、とてもいい香りがした。
「あ、あの! 気まずいので見ないで!」
人を散らすように腕を振ると、女性陣はハッとしたようだった。「まだ見たいなー」と言いたげな表情で、でも素直に去っていってくれる。幼女はお父さんに手を引かれていった。
「ほっ……」
「なんだかやけに見られるな。宇宙人がそれほど珍しいか」
「ミチね? 適当に変身したんだろうけど、人間基準でかなりイケメンになっちゃってるから」
「ふーん」
死ぬほど興味無さそうだ。俺ももし、万が一、何かあってスライムに変身してイケメンですと言われても、こんな反応になるだろうな。
「いいから脱げ」
「はいよ」
ともだちにシェアしよう!

