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第18話 海

 シャツを脱いで背中を向ける。 「日焼け止めを手のひらに出してから、それを俺の背中に塗ってね」 「分かった。緊張するな。俺がし損ねたらほとりは……」  後ろで何かつぶやいている。面白いからこの誤解は解かなくていいかな。  大きな手が背中を滑るように撫でていく。 「寂しいなら博物館とか行く? イクチオサウルス、だっけ?」 「骨と再会しても意味がない」 「そう……」 「首の後ろも塗るぞ?」 「うん」  ミチの手のひらが、首も満遍なく塗り広げてくれる。あー、マッサージみたいで気持ちが良いな。 「ミチ、上手いじゃん」 「前はいいのか?」 「前はもう塗りました」 「ズボンの中や足は?」 「大丈夫!」  やめろや。そんなとこまで塗らせないよ。 「ミチこそ、暑いの平気?」 「水に入ったから大丈夫だ。ほとりも行こう。気持ち良いぞ」  日焼け止めを仕舞うと浮き輪を抱えたミチに手を引かれ、波打ち際まで走る。サンダルを履く暇もなかったので裸足で。さふっさふっとあっちぃ砂を踏む。  荷物が! と言いかけ、シートの上にルンバのような物体が待機しているのが見えた。 「お、あれ? あのルンバなに? どっから?」 「兵器は駄目と言われたので、殺傷力が一応ないものにしたぞ」  そうじゃなくて、あれが何か具体的に教え……一応って何?  しゅわしゅわした白い泡を押し上げるように、波が足首を濡らす。冷たくて心地好くて、荷物のことが頭から飛ぶ。 「うわ……。透き通ってるな」  まだまだ浅瀬とはいえ、黒い砂と俺の足がはっきりと見える。砂に半分埋まっている貝殻も。 「ほら。浮き輪だ。ほとり。浮き輪」  乗れ、と言わんばかりに浮き輪をぺしぺしと叩いている。はしゃいじゃって。可愛いかよ。  水を腹や肩にかけ、温度に慣らしてから海に入っていく。  一度潜り、浮き輪の穴に顔を出す。思ったより揺れるなぁ。 「ぶはっ。冷たい!」 「ちゃんとつかまったか?」  ミチがヤンキー座りで確認してくる。……ちょっと待て。 「海面に立つな!」 「ごふっ」  平然と水の上に立っていた銀髪を叩き落とす。  ざぱっと顔を出し、ミチも浮き輪につかまる。銀髪が眩しいほど煌めく。 「何をする」 「人間は海の上に立てないの」 「……そうか」  浮き輪につかまっているだけなので、流されているのか、徐々に足がつかなくなってきている。 「俺、本当に泳げないぞ?」 「浮き輪にはまっていろ」 「はーい」  浮き輪についている白いロープ。それをタスキのように身体にかけるとミチは泳ぎ出す。 「おおー」  ぐんぐん引っ張られていく。  これは快適だ。  前を泳いでいた人を追い越していく。 「速いじゃん」 「下半身だけ蛇にしているからな」  俺は架空の笛を銜えた。ピピ―ッとホイッスルを吹く。 「イエローカード! 駄目です! すぐに人間の足に戻しなさい」 「駄目なのか? あ、人魚の方がいいってことか? もっと速いしな」 「人間の、足に、戻せ! 今すぐにだ」  分かりやすく速度が落ちた。ばしゃばしゃと蹴られた水が顔に当たりそうになる。 「これだとほとり、退屈じゃないか?」 「俺のことスピード狂だと思ってる? 大丈夫だから」  銀の髪に手を伸ばすとツヤツヤだった。撫でるとミチは、くすぐったそうな照れているような表情を作る。

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