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第19話 ルンバさん

「ほとりは兄のようだな」 「あー。最初に会った時のお前、子どもだったから。そのイメージに引っ張られてるんだと思う」  ミチは速度を落とすと、俺の方を向く。 「子どもの姿の方がいいのか?」 「今は、そのままでいてくれ」 「おう。そうだ。泳ぎを教えるんだったな」 「もうちょい波に揺られていたいから……」 「これが気に入ったのか?」  俺が楽しいと嬉しいのか、ミチは上機嫌で速度を上げ始める。俺はまた海の上を引っ張られていく。降り注ぐ、熱いくらいの日光が気持ちいい。  たまにバナナボートや大型のシャチ浮き輪ともすれ違った。 「ミチ」 「んー?」 「俺は快適だけど、疲れてないか?」 「そうか、快適なのか。俺も疲れてはいない」  嬉しそうにされると照れるんだけど。というか、元気だな。荷物全部持って、家から駅までは走っていたのに。  浮き輪で浅瀬をぐるぐる引っ張られた後は、足のつく場所で泳ぎを教えてもらった。顔を水に浸けることはできるから、まずはバタ足からごぼごぼごぼ……  ミチがすぐ回収してくれた。 「大丈夫か⁉ なぜ海底に向かって泳ぐ?」 「知らないんだよー。学校のプールでも、げほっ、泳ぎながら沈んでいったんだって! 先生はめげずに教えてくれたんだけど、しょっぱい」  浮き輪につかまる。  ミチは不思議そうに顎に指をかけた。 「おかしいな。人間は浮くはずなのに……まさか、ほとりも宇宙からきたのか?」 「地球産だよ」  泳げないだけで宇宙生物扱いするな。  ミチに両手を持ってもらっていると真っすぐ進むのだが、一人になると途端に重力に負けだす。終いには海底の砂に腹を付け、ばたばたとバタ足していた。  足がつくところで助かった。何故なら助けてくれるはずのミチが過呼吸になるほど笑っていたので。 「ゲホッゲホあははははヒィ―――ッ‼ ぐっ、ははははははは! なんでそんな……ゴホッ、あっははははははやめ、ゲホゲホっ、笑わせな……腹が、痛い‼」 「むう……」  確かに無様だったが、こうも笑われると、ムカつく。  プンスコ怒ると、浮き輪を持って砂浜に戻った。ミチなんか知らん。  シートの上では、ルンバが『オカエリナサイマセ、ホトリサマ』と流暢な日本語で出迎える。当たり前のように喋りやがって。  浮き輪をパラソルに立て掛け、ルンバの前に座る。 「え、えと。荷物番、してくれて、たんだよね……? あ、ありがとね?」 『オヤスイゴヨウデス。ホトリサマ』 「なんで俺の名前知ってるの?」 『ウシロノカタニ、キキマシタ』  後ろを向くとミチが突っ立っていた。気配を消すんじゃない。心臓口から出かけただろ。 「喋るんだね。このルンバ」 「ルンバじゃない。もういいのか? それとも休憩か?」  ぷいっと顔をそらす。 「ミチが笑うから、やる気なくなったんだよ」 「笑うのは、良いことだろ?」 『デリカシーノモンダイデス。ミチサマ。アヤマリナサイマセ』  ……ルンバが味方してくれるとは思わなかった。  思わずルンバをひしっと抱きしめる。 「ありがとう。ルンバさん」 『イイノデス』 「お、おい。二人だけで仲良くなるな……。悪かった、ほとり」  焦った様子のミチが面白くて、しばらくルンバさんを抱っこし続けた。  ……ちなみに、荷物を預けるロッカーはきちんとあったのだが、俺はロッカーの存在をすっかり忘れていた。でもそのおかげでルンバさんに会えたので、まあいいかとも思う。

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