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第22話 一日の終わりに
〈ミチ視点〉
風呂に入ってベッドに潜り込むと、三秒後にはくかーと寝息を立てていた。健康的だ。
ほとりの髪を撫でるも、身じろぎ一つしない。
「無防備だな……。俺が無害だと、信じているんだな」
枕元の時計は二十一時を示している。寝るにはまだ早い時間帯だ。
「……」
ほとりの寝間着の、ぼたんを一つ外す。
『寝込みを襲うのは、感心しませんよ』
ビクッと手が跳ねる。
流暢な日本語で委員長のようなことを言われ、はあと大きなため息をついた。目を遣るとルンバさん(ほとりが勝手に名付けた)がうぃーんと床を這っている。
ルンバさん。母船の留守番を任せていた宇宙生物である。
俺と同じ星の生き物。母船や円盤、翻訳機を作ったのはこいつだ。知能が高すぎて正直ついていけない。しかしどういうわけか星を支配するでもなく、俺たちを支配するでもなく。ルンバさんの種族は俺たちスライムの下についた。
意味不明だが、このような関係性は地球でも確認されている。圧倒的な力を持ちながらも、自分より弱い生き物に従う生物。
……そう。人間と猫のような関係性だ。
猫の前では、人間は下僕になると聞いた。
どうやらルンバさんたちは、「それ」らしい。
手を引っ込める。
「寝込みを襲おうとしたわけじゃない。火傷してないか、確認しようと」
『寝込みを襲うのは、感心しませんよ。ミチ様』
ぎゅっとルンバさんを鞄に押し込む。
『やめてください』
「うるさい。母船に帰れ」
『ほとり様と、二人きりがいいのですね』
「……」
姉のようなことを言われ、言葉に詰まる。ルンバさんを床に置いた。うぃーんとゴミを吸いながら部屋をでたらめに進む。ルンバと名付けられたから、ルンバに徹しているようだ。嬉しかったのかな、名前。
「なんだ。入れ込むなとでも言いたいのか? 違う星の、寿命も違う生き物だと」
共通点など「生きている」くらいしかない。
だが、友達になれるとほとりも言ってくれた。友達になっても良いはずだ。
責められるのを恐れる子どものように、膝を抱え返事を待った。
『応援しております。ミチ様。貴方の幸せが、私の幸せ』
壁にぶつかると、方向転換してちゃぶ台の下を通っている黒い円形の生物。俺の支配者でありながら、ルンバはこういう奴だ。俺のことを第一に考えて生きているように感じる。
「応援って……。恋人になりたいわけじゃない」
『寝込みを襲わなければ、なんでもいいです』
「なんだお前。寝込みに親でも殺されたのか」
つんっと突くが黒いボディは沈黙し、部屋を掃除し続けた。なんだよ。ほとりに欲塗れの目を向けているわけじゃない。
(一緒に居ると、楽しいんだ)
ベッドにもたれ、今日一日を振り返る。人混みで疲れていたほとり。荷物を持ってやると、優越感というか、いい気分になれた。ほとりを助けてやれている、と。
試着室ではパーカーを着ろと言われたのは、よく分からなかった。ほとりが肌を隠すのならともかく。なぜ俺に着せる? 結局その理由も分からず終いだ。
日焼け止めを塗らないと焼けこげるとは知らなかった。もっとデータを読み込む必要がありそうだ。出発前に言えば、UVフィルターを用意してやったのに。
浮く輪っかに入り、水に濡れたほとりの笑顔。太陽よりも輝いていて……言葉を、忘れるほど魅入ってしまう。これが人間か。いや違う。きっとほとりだからだ。
店が無くなっていたと悲しむほとり。
手を握ると、握り返してくれた手。
……水を目当てに行ったはずなのに。海を求めて地球に来たのに。
俺の思い出は、ほとりで埋め尽くされている。思い出すのは、ほとりだけ。アルバムを開くと、ほとりの写真だけが入っている状態。海の写真が一枚もなく。
目的が、オマケのようになってしまっていた。
部屋の隅に目を向ける。
「……。ルンバさん」
本名はあるが、ほとりがつけた名前の方で呼ぶ。
『はい。なんでしょう。ミチ様』
「もし俺が、ずっと地球に居たいって言ったら、怒るか?」
黒い円形は、ピタリと動きを止めた。くるっと半回転し、俺の方を向く。
『それが貴方の幸せならば。どうぞご自由に。ミチ様がこの星に興味を無くせばその時に、出発しましょうね』
ごんごんっとベッドとちゃぶ台の足にぶつかりながらもゴミ掃除をしていく。
横になると座布団をふたつに折り、その上に頭を乗せる。
「優しいじゃん」
『貴方のために、生きていますから』
眠る気はなかったが、ルンバさんは俺に布団をかけてくれた。
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