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第26話 赤髪編 イチャつくんじゃねぇ
目の前にあるのは、傾いてないシルバーの円盤。窓のようなライトのような丸いガラス? が一定の間隔を開けてぐるりとはめ込まれている。円盤の一部が凹んでいるのは、まあ、見ないフリしてあげるとして。
「これだこれ。ミチの円盤」
「……人間たちはあまり素手で触らなかったようだな。指紋がそんなについていない」
「お前、指紋とか見えるの? この位置で?」
降りようとしたのだが、ミチが足を放してくれない。
「ミチ? 降りたんだけど」
「ヤバい。ほとりに日焼け止めを塗ってこなかった! どうする? 下山するか?」
「……」
これは、説明しとかなかった俺が悪いかな。
でも説明するのも面倒だし。
地面に下りる。
「ほとり?」
「あー、大丈夫だから。今日は大丈夫な日だから」
「大丈夫な日とは⁉」
円盤に近づくとそれほど大きくない。俺の部屋にすっぽりと収まる大きさだろうか。
(ミチもルンバさんも大きくないし。こんなものか。降下用って言ってたし)
となると、母船はどれほどの大きさか。オゾン層に気を遣うほどだ、さぞ大きいに違いない。
ほんわかと思いを馳せていると、背後から伸びてきた腕が腹に回される。
「え⁉」
振り向くと、ミチだった。困り果てた顔で、俺の背中に胸をくっつけている。自分を盾にしてちょっとでも日陰を作ろうと頑張ってくれているようだ。
(う……)
説明をめんどくさがった罪悪感が胸を突くが、
(説明しなかったら、こうしててくれるのかな)
密着しているのは同じなのに、背後から包まれるというのは、おんぶされている時とは全く違う。顔は変にニヤケそうになるし、ドギマギしてしまって動けなくなる。
「……」
「ほとり? やはり辛いか? 木陰で座っているといい。俺が日焼け止めを持って……ああ、いや待て。円盤の中にUVフィルターがあるから、それを使ってやろう。肌に貼ると紫外線を百一%遮断するんだ。呼吸はできるから安心しろ」
俺から離れていくミチの服の裾を掴んだ。
「ほとり?」
「だ、大丈夫だから。ここは日陰も多いし。うん! 平気」
「顔が赤い」
「いいの! それより円盤触っていい?」
「……」
ミチはよく分からんという顔をしたが、一歩下がって「どうぞ」と手で差してくれる。
「おお。これが円盤。テレビの特集とかで見たけど、実物を触れる日がくるとは……」
シルバーに、俺のうきうきした顔が映り込む。その背後で、映り込んだ俺を見て、眉を下げながらも口角を上げているミチ。
――俺が喜ぶと嬉しそうにされるって、け、けっこう恥ずかしいかも。
「……」
「触らないのか? 熱くないぞ?」
ばさっと、布が被せられる。ミチのジャージだった。
俺の頭に手を置きながら、シャツ姿のミチが自然な動作で横に並ぶ。それだけで俺の意識のベクトルが全て彼に向いてしまう。
「……あ、うん。触るね」
まずは指先でちょんと。
指の腹で擦ってみる。
軽くノックしてみた。
驚いたのはこれだけの大きさなのに、俺が触れただけで揺れたということだ。土星のような形をしているため、おきあがりこぼしのように傾いては戻ってくる。
「もしかしてこれ、軽いの?」
「強風で転がっていく程度だ」
調査隊の人たちが一日のうちに運んでいったわけだ。
「こんな軽いのに、飛べる?」
「軽い方が飛べなくないか?」
「ほら、強度とか。空中でバラバラになったら怖いじゃん」
「ジャベリンが直撃しても無傷だ」
「ジャベ?」
帰ってからパソコンで調べたら、対戦車用のミサイルのことだった。自転車知らなかったくせになんで兵器は知ってるんですかね。
「どこから入るの?」
「悪いが中に入るのはもう少し待ってくれ。人間が入っても平気か、調べているところなんだ。宇宙ウイルスとか滅殺しておくから」
「あ、そうなんだ。ありがと」
「……礼はいらん」
頭から手を放し、腕を組んでそっぽを向く。
「ミチは、照れると顔を背けるよね」
「……っ」
キッと睨んできたが、俺と目が合うとまた顔を背ける。
――そういう、可愛い反応されるとからかいたくなるな。
にまっと目を細めると、どんな顔をしているのか気になって、彼が顔を向けている方に回り込む。ミチはすぐに逆方向に顔を動かした。
サッと動くと俺も動く。
またサッと動くと俺はそれを追いかける。
「ミーチ。どんな顔してるんだよ」
「……君なぁ」
ヒクっと、ミチの口の端が引き攣ったのが見えた。あれ? お、怒った?
瞬きの間に手首と胸ぐらを掴まれると、強引に引き寄せられる。
「ぅ、え」
「あんまり挑発するなよ。襲われても文句は言えなくなるぞ」
まっすぐ見つめてくる青い瞳には、微熱のような昂ぶりが混じっていた。
手を放すと、軽く突き飛ばされる。踏み込んでくるなと言われたようだ。俺は数歩よろけただけだったが、なんだか、猛烈に、顔が、熱い。
――お、襲われても、って……
「「――――~~ッッっ!!!」」
二人して顔を覆って蹲った。森の中で、何やってるんだろう。俺は。
そんな俺たちを、見ていた者がいるとは知らずに。
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