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第2話 ちょっ、どこさわって……!

 ところで、この電車は特別快速だ。いくつか通過するうちの駅のホームが窓の外を横切り、たちまち遠のく。  次の停車駅まで、およそ十分。少しの辛抱と割り切って、勝手にさわらせておくのもひとつのテだ。  ぐっと拳を握りしめた。痴漢を撃退すべく、怒りのオーラをまき散らす。  びびって退散すれば見逃してやる、と太っ腹なところをみせて、ところが逆効果だ。いっそう大胆に尻を揉みしだいてくる。  恥辱を受けっぱなしの状態に苛立ち、くやしくて、すべらかな頬が赤らむ。  就活生の群れに溶け込むレベルの童顔ゆえに、侮られてしまうのだろうか。か弱い乙女ならいざ知らず、れっきとした成人男性が助けを求めるのはプライドが許さない。  人いきれで、むんむんする。空調はいちおう効いているが、暑さが原因のとは別の種類の汗がにじむ。 「……っ!」  採寸する要領で足の付け根を、つ……っとなぞられた。おぞましさと、くすぐったさをない交ぜに、変な声が洩れるのを唇を嚙みしめて防ぐ。  第三者が屈辱的な場面を激撮したものをSNSにアップして、バズって「いいね」という塩を傷口にすり込まれる事態は避けたい。  痴漢をぶちのめす、その予行演習に吊り革を力いっぱい摑んでいるせいで引きちぎってしまいそうだ。  英斗が人生最大の試練にさらされている間も、狡猾な手は8の字を描きながら太腿のきわを行きつ戻りつする。クールビズの季節柄、上着に覆われていないため無防備な一帯を。  (ほしいまま)にふるまう手にとって、うってつけだ。  押し合いへし合いする乗客をかき分けて隣の車両に避難するのは、サハラ砂漠を横断するように難しい。  小型のモニターが乗降口の傍らに設置されている。豆知識系のクイズが映し出され、英斗は答えを考えて気をまぎらわせた。  消毒薬を浴びて全身を(きよ)めたいほど虫唾が走り、それでも被害が臀部に集中しているだけマシなのかもしれない。  もしも、仮に、万一ペニスまで魔手にかかったときは容赦しない。必ず血反吐の海に沈めてやる。  住宅街の向こうに高層ビル群がそびえ立ち、その威容がぐんぐん迫る。世界に(かん)たる光景は、ふだんの朝は仕事モードに頭を切り替えるスイッチの役目を果たした。  今朝は救いの神が降臨したように感じる。  地下鉄に乗り換える駅は、すぐそこだ。英斗は、ホッと躰の力を抜いた。するとチャンス到来というふうだ。すかさず、あわいをつつかれた。  無垢な蕾を、狙い澄ました正確さで。

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