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第4話 献身的と書いてドMと読む
大学の入学式で並んで座ったのをきっかけに親しくなって以来、足かけ十年に亘ってつき合いがつづいている。
その間、英斗は片思いという迷宮をさまよいっぱなしで、恋愛方面の進展はゼロ。
「察してくれ」が通用するか否かは相手によりけりだ。事、大雅にそれを要求するのは無茶ぶりだとわかっていても、こちらから打って出るのはためらわれる。
凪の海をたゆたっているような関係が壊れるのが怖い。告ったのが裏目に出て、ウザがられるわ、縁を切られるわ、では泣くに泣けないのだから。
道すがら買ってきたガパオライスやミーゴレンを、ローテーブルに並べて置いた。もちろん、缶ビールも。
せっせと世話を焼くさまは、いじらしいという次元を通り越しドMが入っていて我ながらキモい。
とはいえウーバーイーツに扮して時折、食料を届けにこないと没頭型の大雅のことだ。飲まず食わずで作業机にかじりついたままでいたあげく、ぶっ倒れる。
さて、と腕まくりをした。大雅を机から引き離すのは、岩をどかすレベルの大仕事だ。だが秘策がある。
大雅が発明した対・人間用の猫じゃらしの出番だ。早速それを使っておびき寄せると、あっさりついてきた。百八十センチ強の躰は、すとんとソファにおさまった。
テーブルを挟んで向かい合い、英斗は苦笑を洩らした。乾杯、と缶ビールを掲げても大雅はうなずく程度で、それでも食卓を囲むのが至福のひとときだなんて、おれは呆れるくらい安あがりにできている。
太縁の眼鏡も千円カットの店で切ってもらったヘアスタイルも、ダサいのが逆に隠れイケメンぶりを引き立てていい。そう思って見蕩れるあたり、惚れた欲目を地でいっている。
もしも強力なライバルが出現して大雅をかっさらっていった日には、無残に砕けた恋心を弔うために仏門に入るようだ。
英斗は冷蔵庫に向けて缶をひと振りした。
「中身、干からびたチーズだけってズボラすぎるでしょうが。ハウスキーパーを雇うとかしないと、栄養失調で病院送りだぞ」
「他人がテリトリーをうろつくのは嫌いだ」
「おれも他人、おジャマ虫かよ」
おまえが恋しくて足しげくここに通う──は封印して言葉を継ぐ。
「夜景をお目当てに押しかけてきちゃ迷惑か」
大雅はミーゴレンをぱくつくと弾みがついた様子で、麺をたぐるのに忙しい。ところが、おざなりな相槌を打つに留まるかと思いきや、英斗をまっすぐ見つめてこう言った。
「一ノ瀬は別格だ。寝落ちしても許す」
なんて殺し文句を真顔で垂れ流してくれて性質 が悪いったら。片思いをこじらせる身には、ほぼほぼ毒だ。
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