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第5話 可愛さ余って

 大雅が最後の楽しみにとっておいた目玉焼きをかっさらい、頬張った。恨みがましげに箸をねぶるのを「ケケケ」といなしておいて切り出した。 「本日の大ニュース。なあんとワタクシ、通勤電車において……」  痴漢を惹き寄せる体質だと判明した、ハッハッハッ。盛り気味に話して聞かせたら、少しは妬いてくれたりするだろうか。  英斗は大雅が好奇心もあらわに身を乗り出すのを期待した。だが彼の興味の対象は、海老の丸まりぐあいへ移った。  おれは甲殻類ごときに負けるのか。この調子では尻を揉まれてどうの、こうの、と事細かに説明したところで、研究材料にすると称して発汗量や心拍数について訊かれるのがオチか。  間接照明が、亡き両親の趣味で北欧風にまとめられたリビングルームをやわらかく彩る。演出効果満点で、なのにロマンティックな雰囲気が漂うどころか、大雅ときたら海老の尻尾を大きい順に並べるありさま。  虚しい。英斗はビールを呷るのにまぎらせて、呟いた。 「不破、好きだ」を、くすぶるに任せておくのは不毛の極み。恋心の賞味期限が切れる前に行動を起こさないと、よぼよぼのじいさんへ、まっしぐらだ。  とはいえ突破口というやつは、レアメタルを掘り当てるくらい、見いだすのが難しい。  と、大雅が匍匐(ほふく)前進でテーブルのこちら側に回り込んだ。そして英斗の膝を枕に、仰向けに寝そべった。 「ボランティア精神を発揮して、せいぜい俺をかまってくれ。ごろにゃん」  無駄に甘え上手なのが憎たらしくも、可愛い。英斗は殊更にっこり笑った。眼鏡をむしり取って返すと、デコぴんをおみまいした。     第2章  恋わずらいがさらに悪化しても、社会人たるもの仕事第一の姿勢を保たねば。鈍色(にびいろ)の雲に覆われた空のもと、英斗はいつもどおり特別快速に乗った。  梅雨の走りで蒸し暑い。にもかかわらず、不吉な予感がして寒けがする。まさか二日つづけて痴漢に狙われる……被害妄想だよな?  ところで雨の日は濡れた傘を持て余し気味になるため、かえって乗客同士の密着度が高まりがちだ。  おしくらまんじゅうさながらの混雑ぶりで、ところが不思議な現象が起きる。通路の一部に限って結界が張られているように、人ひとり分のスペースがぽっかりと()いている。  ちょうど英斗の真後ろにあたる位置が。  当の英斗は、ワイヤレスイヤホンをはめ直した。大学時代、大雅を引きずっていったカラオケボックスでデュエットした曲が流れだすと、思い出し笑いに口許がほころぶ。  デコぴんの痕をさするさまを擬音で表現するなら「きゅううん」。あれをオカズに三回はヌケる……ん?

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